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2011.03.14

東北地震を振り返る

3月11日午後は、東北地震(東日本巨大地震)が日本列島を襲いました。私は震源から遠く400kmも離れたところにおり、首都圏を混乱に陥れた帰宅困難にも巻き込まれませんでした。そんななか地震を話題にしたブログをお読み頂くのに価値はないような気はするのですが、当ブログは私個人のライフログ的な要素もありますのでご容赦ください。

11日午前は、保険営業の話を聞くために自宅にいました。保険営業が帰り、昼食を済ませて13時過ぎに私ひとりで自宅を出発しました。自宅は妻と娘(2歳)の二人です。私は14時に息子(5歳)と合流し、永山の西友で買い物をしました。前から欲しいと言っていたベイブレードです。

玩具売場からは寄り道せず、帰路につきます。小田急永山駅改札に着いたのが14時41分。列車案内表示で14時43分区間準急新宿行きがあったので、息子を急かしてギリギリで乗車しました。(ここで急いだことが、後に明暗を分けることになりました。)はるひ野駅で下車。電車を見送り、北口改札から坂を下り始めました。

町内会掲示板のある畑の横に差し掛かったときに、足元に違和感。息子も突然不安な顔になります。地震です。道を歩いていて地震に気付くのは初めてです。しばらくすると揺れがだんだん大きくなり、近隣の民家がギシギシ言い始めます。早く家に帰りたがる息子の手を握り「地震が止まるまでここで待つよ」と言います。建物の様子を注視し、万が一の時には息子を抱えて畑の真ん中に待避する心積もりでいました。線路の軋み音を聞き、息子も「電柱が揺れてる」と言ってるうちに、揺れが収まりました。

揺れの雰囲気からして遠方の地震。2日前にも地震があった三陸沖の可能性が高いと想定。なら、大災害間違いなしです。通信手段も断絶が予想されます。まずは妻に「はるひ野まで帰っています」と携帯のショートメール送信。この時点で永山にいるのとはるひ野にいるのでは大きな差ですから、妻にはこれが一番重要な情報です。

息子の手を握り、坂を下って自宅に向かいます。帰宅中の小学生が十数人身を寄せあっています。不安でしょう。すぐに母親と思われる女性が近付き、みんなに声を掛けていました。

マンションに到着。もうすぐ幼稚園バスがやってくる時間で、顔見知りのお母さん方が集まっています。マンションエレベータは停止とのこと。みんな不安そうに園児の帰りを待ちます。

幼稚園バスが到着。今日の世話役の先生は、いつも冷静沈着で有名な先生。何事もなかったかのように、園児を保護者に引き渡します。園児たちはどこでどのように地震に遭ったのだろう?とりあえず無事でよかった。「大丈夫だった~?」と園児を抱きしめるお母さん方の腕の中で、園児たちはキョトンとしています。(どうやら、バスに乗っていて地震に遭い、バスは一旦停止だけして揺れが収まったら再出発した模様です)

エレベータが動かないため、階段で各自帰宅します。自宅に帰って、妻と娘の顔を見て一安心。やはり、面と向かって合うという安心感は大きいです。妻は心配顔でしたが、娘はなんだかキャッキャと楽しそう。地震を怖いものだと思っていませんね…2歳児。

テレビを点け、状況を確認します。東北地方で非常に大きな地震だったことがわかってきます。「大津波警報」なる聞きなれない警報が画面の右下でチカチカしています。ただ事ではない。たまたま点けた民放が「衝撃映像」ばっかり流して息子には刺激的なうえにあまり有用な情報が得られないと判断、チャンネルをNHKに切り替えます。淡々とした喋り方が、安心感を生みます。そうしているうちに、名取川を津波が上っていく様子をヘリ中継し始めました。息子に津波の怖さを教えようと画面の中の状況を説明していたのですが、だんだんと息子が怖くなって泣き出しそうになります。「地震なんかイヤだ」と言い始めました。すみません、刺激的な映像を見せてしまいました。大きいテレビはビデオに撮り貯めた子供用アニメに切り替え、まだ残しているブラウン管アナログテレビをNHKに合わせ、情報収集を続けます。

16時前に宝塚市に住む弟から電話(職場からだったようです)、安否確認です。とりあえず、川崎は無事。自宅にいるので今夜の帰宅困難の騒動にも巻き込まれない旨を報告しました。家族からの電話は、夜に伊丹市に住む妹からもありました。テレビ報道で東京駅・新宿駅の様子が映し出されるので心配したとのこと。今日が出勤日だったら新宿駅の混乱に混じっていたわけですが、幸い自宅で難を逃れている旨を報告です。

さて、会社に連絡を試みます。16時頃に事務所に一報。意外と電話はすぐにつながりました。上司は不在で、女性社員が電話口に出てくれました。けが人なし。大きな損傷もないとは思うが、伝票が散乱していて大変とのこと。とりあえず被害というほどの被害はなさそうです。このあと、上司が戻ったかな?と思うタイミングで電話を試みましたが、もう電話はつながりませんでした。会社が休んでいる社員の出動を必要としているのかどうか、その情報と取りたかったのですが、取れませんでした。ようやく会社につながったのが21時頃。出勤していた人たちは帰宅するすべがなく、事務所や食堂で泊まる準備をし始めた頃でした。私は土曜日も休み予定だったのですが、予定通り休んで構わないとの返事をもらいました。会社で苦労された方には悪いですが、地震当日・翌日と自宅で過ごせることに。

テレビやツイッターで情報収集をしながら、夕食・風呂など日常生活を送ります。16年前の1月17日には夕食もままならず風呂なんて到底望めませんでしたから、貴重さを噛み締めながらの日常生活です。列車運行情報などが更新されたら職場に電話で連絡したりし、小田急線が動き出した(0時頃)くらいで就寝しました。

翌朝、テレビを点けたらやはりどのチャンネルも地震情報です。息子が「今日も地震なの…もう地震イヤだ」と。あまり子どもの心に地震情報の映像は良くないようです。午前中は近くのスーパーで日常の買い物をし、午後は自宅内で遊んでいました。(外出を避けたのは、地震とは関係なく花粉症だからです) でもそれがイヤだったのか、夕方になって息子が「公園に行きたい」と泣き出しました。そりゃ、テレビは地震情報ばかりだし、家の中に閉じこもっていては5歳児の精神衛生上よくありませんね。軽く散歩に出て帰宅。そんなボーとした土曜日を過ごしました。

日曜日は、通常通り出勤。会社に行ってみると、事務所はいつも通りの状態でした。ただ、床がざらざらしている。天井ボードがこすれて砂状になって床に落ちているのでしょう。比較的通常通り仕事をして、普通に帰宅してきました。(通常に都心に出掛け、通常に帰宅できたのはこの一日だけ、となりそうです)

さて、今日の月曜日からは「計画停電」が始ります。電車も、運休予定がたくさんです。大変ですが、ここは踏ん張って東北地方の復旧の力にならなければいけません。混乱の日常に、これから突入します。

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