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2017年5月の4件の記事

2017.05.24

『午後8時の訪問者』


知らない誰かの死に対する、後悔。タイトルの「午後8時の訪問者」は、主人公が営む診療所に逃げ込もうと診療時間後にベルを鳴らしたところの描写。主人公が扉を開けなかったことにより「訪問者」は何らかの原因で死んでしまう。主人公は後悔の念に苛まれ、事件を追う。

サスペンスものだが、サスペンスものの派手さはない。徹底的に地味に映像を作っている印象だ。予告編にもある黒人に車を止めさせられるシーン、そのシーンを印象的にするためのコントラストだろう。

低所得者層の居住地区の診療所の医師という設定。登場人物の中で自分だけがエリートという立場。途中に出てくるセリフ「偉そうに」が、この立場を集約している。不法移民が多い社会を描いているが、それが物語の本線なのかもしれない。エリートが、誰ともわからない黒人女性を悼むという心だけで、なんとかストーリーが進む危うさを味わうのが、この映画の楽しみかもしれない。

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2017.05.06

『牯嶺街少年殺人事件』


1960年頃の台湾を舞台にした映画。この頃はまだ中国本土の共産党政権樹立と国民党の集団移住が記憶に新しい頃で、主人公の両親もいわゆる外省人の公務員。

主人公の少年、小四の中学受験失敗による親のわだかまり、夜間学級通学による不良たちとの付き合いを、ゆっくりと描いてゆく。途中の激しい展開にドキドキするが、それはあくまでも物語に厚みを増すための伏線。長い上映時間のほとんどは、じわじわとした青春群像劇。結局、タイトルにもなっている「殺人事件」も淡々と描かれ、観後感に置いていかれるエンディングでした。

この映画、1990年頃に、1960年頃の台湾を描いた映画です。1960年頃は日本も戦後復興期であり混乱の最中であっただろうが、台湾も国民党・外省人が大挙して押し寄せ社会階層が大きく変わる大混乱期だったかと。上海近郊出身の外省人公務員(当時の台湾のエリート層なのだろうか?)を父に持ち、自分は受験に失敗して夜学に行く中学生。この社会的立場はそうとう不安だったろうと思う。1960年の台湾の世相が気になる。

スクリーンに描かれるセット、小道具で日本統治の面影を多分に感じさせる。日本家屋、日本刀、短刀。日本が台湾を統治するためのインフラを国民党が利用したのか、日本家屋が外省人の住まいになっていて、日本人でもノスタルジーを感じる映像となっているところも興味深い。

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2017.05.01

『ネットの高校、はじめました。新設校N高の教育革命』


角川ドワンゴがインターネット上に高校を開設するニュースが以前にあったことを、本書の新聞広告で思い出しました。

その後が気になったので本書を手に取りました。「ネットの高校」があり得るのか?と思ってたら、法律上の実態は通信制高校なのですね。広域通信高校という分類で、最近は不登校になった経歴のある児童の進路として重要な存在になっているジャンルらしい。ひと昔前は通信制=勤労学生でしたが、時代は変わったものです。

他の広域通信高校と大きく違うと紹介されているのが、ネットによる擬似教室と、プログラマ養成などの技能系でしょうか。個人的には阿部光瑠の指導が24上で得られる将棋部が羨ましかったり。(なんでも灘高将棋部に勝ったとか。)

しかし、本書は、雰囲気的には分厚い有料の学校パンフレットでしかない感じ。で、特別に輝いている生徒ではなく大部分の生徒の現実はどうなんだろう?がなかなかわかりません。まだ開校1年で、卒業生が社会で活躍するには時間がかかるので仕方ない面もありますけど。

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『3月のライオン』(映画版 後編)


先日観た「3月のライオン」の後編。アニメやコミックのストーリーからはだいぶ外れ、映画独自ストーリーが進行します。

ひなののイジメ問題や川本家の父親問題など、ストーリーにいろんな要素を組み込んできました。見どころを増やした感もありますが、話の焦点が絞りきれずボヤけてしまった印象が強いです。

主人公桐山零は、そして香子や川本家の娘、後藤など登場人物は孤独なのか。後編のストーリーは孤独さを強調して最後に連結を見せる工夫なのだろうなと、理屈で解釈しちゃうような演出でした。

これは、盛り込みすぎ残念って感じでしょうかね。それでも見応えは十分です。原作という土台が、かなり立派です。
3月のライオン

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