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2018.02.12

『デトロイト』


51年前のでデトロイト騒動の中の事件のひとつ、アルジェ・モーテル事件を描いた映画です。この事件が遠因で引き起こされた2013年のデトロイト市破産や、この事件と類似の構図である2014年のファーガソン事件は知っていても、51年前のデトロイト暴動は映画を観て初めて知りました。参考:Wikipedia

本作品で描きたいのは、きっと、たった50年前には深刻な黒人差別と対立が存在していたという事実ではないでしょうか。オープニングのナレーションは、奴隷貿易から南北戦争まで、寓話的で痛々しい絵本のような解説で黒人の近現代における立場を解説し、デトロイト騒動の描写に入ります。

この映画のストーリーで鍵になるのが、クラウスという白人刑事。無許可発砲事件を起こしながらも、アルジェ・モーテルでは現場の指揮を執ることになる脚本です。クラウスそのものが実在した刑事なのか否かわかりませんが、こういう悪い印象を持たせる白人刑事をキーにするのは、数日前に観たスリー・ビルボードのディクソン警官と同じ構図かも知れない。(両者とも強い人種差別主義者として描かれています。)

黒人と一緒にいたチャラい白人女性を、白人警察官がどう見たか。これについても、脚本を作る側もかなり悩んだのではないでしょうか。売春婦なのか観光客なのか、劇中でも曖昧にすることで、より観客に考えさせられる状況を作っています。白人女性が黒人男性に体を売ることが、白人に対する侮辱とも捉えられているのかもしれませんし、侮辱と捉えての白人警察官の行動として描いているのかも知れません。

この映画が、黒人差別への怒りを描こうと意図しているのは流れでわかりますが、僕が気になったのはクラウス刑事のモーテルでの現場オペレーションです。結果として、彼の確認不足や警官への指揮についてのコミュニケーション不足で事態が悪化し無駄な死者が生じるわけですが、この指揮ミスについての描写が劇中ではありません。マネジメントのミスにより犠牲が生じているのにも関わらず、彼の人種差別主義を断罪しようという意図に見えてなりません。

事件の真相がわからないまま、でも社会に問題と提起したくて脚本を書いたのだと思いますが、アメリカの黒人差別の実態がわからないまま見るのは難しいです。

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