« プログラマの数学 | トップページ | 『テロリストのパラソル』 »

2020.01.16

『パラサイト 半地下の家族』


隣国である韓国の庶民というのがどのような生活をしているのかを知る機会ない。21世紀になって先進国の暮らしをしていると思っているが、現実は知らない。社会の分断を描いたとの評判のこの映画だが、描いているのは現実そのものではなく、作品として象徴的に描いているのだろう。こういう映画の現実との対比を捉えられないまま観ることになるのが残念な作品ではある。

実際に、韓国の集合住宅には映画に出てくるような半地下住居が存在するのだろうか。通りの酔っ払いの立ち小便をかけられ、半階上がった便所で携帯電話の電波を探るシーンは印象的であり、その画像にアンカリングされた上で物語が進む。

前半は痛快である。いかにも韓流らしいコミカルな喜劇として、成功を収める。この成功には、精緻な計画がある。すなわち、計画通りに事が進むのだ。危うい事があっても計画が達成されるシーンが連続することこそ、この作品の重要な伏線である。

雨の夜のシーン。雑誌などの作品紹介で、山の手の雨が庶民の住む低地に濁流となって流れる、あのシーンである。作品においては、もっと重い気持ちでこのシーンに臨むことになる。階段を降りる、もっと降りる、まだまだ降りる。絶望の中に降りていく象徴的なシーンとなる。

絶望感を観客に十分に味わせて、最後のシーンに移行する。憎悪を消化できないまま、幕が降りる…。

|

« プログラマの数学 | トップページ | 『テロリストのパラソル』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« プログラマの数学 | トップページ | 『テロリストのパラソル』 »