2026.04.19

岩瀬・伏木

2026年3月中旬に富山を訪れた記録を何回かに分けて。

富山市電の北側、日本海側の終点は岩瀬浜というところです。ここには富山港があります。近代的な地方港ですが、江戸時代は越中富山藩の外港として開発されて北前船の寄港地として発展した歴史ある街です。しかし、平日の午後に降り立った岩瀬浜駅周辺の光景は寂しく、単に地方都市の郊外でした。ぱっと見は1時間に1本程度のバスだけが来るようなバス路線の終点のような場所ですが、市電の高頻度交通が整備されているのは素晴らしいです。
Img_5605

岩瀬浜駅から岩瀬運河をわたり神通川のほうに歩いていったところが、岩瀬の旧市街地。その西側の神通川(正しくは富岩運河)沿いが、富山港です。埠頭脇に展望塔があり、階段がたいへんですが登ることができます。最上階には立山連峰の姿を収めるシャッターチャンスを狙っているカップルがいました。ここからは富山市街地越しの立山連峰が見られる撮影スポットなんですね。港の方に目を移すと、車両運搬船が停泊していて、ヤードにはたくさんの乗用車が並べられています。あとで喫茶店に入った時にママに聞いた話だと、ウクライナ紛争が始まってから荷物が止まってしまっているとのこと。国際情勢が地方港で目に見える形になっています。
Img_5583

越中地方で近世に岩瀬と並び栄えた港が伏木。この地は古代から越中の中心地とみなされていたのか、越中から能登を切り離した際に、越中の国府が置かれました。現在の勝興寺が国府として比定されているようです。勝興寺の門前通りに可愛らしい洋風建築があります。伏木測候所。伏木港の近代化、汽船就航で気象観測の必要性が高まり、伏木の船会社が開設したものがもとになっているとのこと。現役の観測所でありつつ、近代観測所設備の博物館にもなっています。日本の産業近代化には、このような裏で技術的に支える人々や設備が必要だったのですね。
Img_5731

越中一之宮である気多大社も伏木にあります。神社に登る階段からは富山湾が一望でき、この視界を中世の人々は重宝したのでしょうか。越中国府開設初期に国司として赴任したのが大伴家持。そのおかげで万葉集には大友家持が詠んだ越中の和歌が多く収載され、伏木周辺は万葉集に詠まれたちとしての地域アピールが強く高岡市内の市電の愛称も「万葉線」となっています。岩瀬と伏木、富山県内の2つの港の歴史だけでも、かなり深いです。
Img_5762

| | コメント (0)

2026.04.18

富山市街地

2026年3月中旬に富山を訪れた記録を何回かに分けて。

富山市の市街地は、富山駅南口から富山城址にかけてが官庁・ビジネス街、城址南東側が繁華街という構成です。不思議なのが、やたら空間が広い富山駅北口です。駅から北口に出ると左側にホテルの入るビル、右側にはインテックなどが入るガラス貼りの高層ビル。松川に架かる橋を渡って左側は広々とした富岩運河親水公園という公園になっています。運河跡地の池に天門橋という展望塔を兼ねたシルエットが美しい橋があり、その奥が富山県立美術館となっています。
Img_5539

この広い公園、実は富山市街地の西を流れる神通川の旧流路。富山市街地でけっこう大胆な河川改修工事が行われた跡地が、この環水公園です。実は北陸本線が開通したときの富山駅は原位置でありながら神通川の左岸だったのです。流路変更で富山市街地と同じ神通川右岸になりました。旧流路は概ね現在の松川。城址公園の北側から富山駅の東を回り、環水公園に至ります。富山城が、神通川の曲線流路を自然の要害として作られたという富山城の立地も理解できます。
20260405-191738
富山市の旧市街地は富山城址の南側から東側の一帯です。神通川の旧流路と富山城の立地を考えると、西側・北側は神通川ですから、確かに駅の南側・東側が城下町なのが自然です。このあたりの旧市街の繁華街は総曲輪という地名。平城の惣構えの街の構造に由来するのでしょうか。南側はアーケード街を有する商業地になっています。アーケード街に県内唯一の百貨店である富山大和も抱え、地方都市とは思えない賑わいを見せています。

東側は歓楽街。飲み屋などが多い様子で、無料案内所が何ヶ所かあったことから、風俗店も混ざっているのでしょう。経済集積があってお金が集まっている場所なのだと、こういうところから窺い知ることができます。コンビニに朝刊を買いに行った早朝には、どこかのビルから若者が叫んでいて、富山総曲輪に何かを求めて集まっている人がいることも感じます。
Img_5776
商業地を歓楽街が交わるところには、西本願寺派・東本願寺派それぞれの大きな寺院があります。そういえば北陸は戦国時代に一向一揆の拠点となった地方。歴史の教科書で習った事柄が、現地にこうやって残っているのですね。

| | コメント (0)

2026.04.05

富山市電

2026年3月中旬に富山を訪れた記録を何回かに分けて。

北陸新幹線富山駅の改札口を出たところは駅コンコースになっています。北陸本線(あいのかぜ富山鉄道)の駅コンコースも兼ねている空間です。その駅コンコースに、市電の駅が設置されています。市電の駅前停留所は駅前ロータリーや駅前道路に設置されることが多いと思いますが、まさかの駅ナカです。北陸本線の高架化工事の際には新たなLRTのありかたとして脚光を浴びましたが、さすが脚光を浴びただけのことはあります。

市電の系統は、駅から北方向に岩瀬浜方面、駅から南方向に循環線(反時計回りの一方通行)、富山大学方面(途中まで循環線と同じ線路)、南富山方面(途中まで循環線と逆方向が同じ線路)の4系統です。循環線以外は富山駅での直通または折り返し直通とすることで、系統にバラエティを持たせています。コンコース内の線路は2線を南北(北が岩瀬浜方面、南がそれ以外)に分割した両側ホームとすることで、8ホーム構成となっています。
Img_5777

富山市の中心市街地は富山駅付近から富山城址南側の総曲輪繁華街までの1km四方くらい。東京でいう山手線内側(南北9km×東西7km)に比べてもコンパクトなものです。この中心市街地を循環線が取り囲むように走ります。コンパクトなので一方通行で事足りる。そういう街の特性をうまく活用した設計になっていると思います。こうした巧みな設計のおかげか、ダイヤも高密度にも関わらず1編成あたりの乗客もそこそこ多い。古い「市電」の吊り掛け電車と、新しい「LRT」の両方の面を持った鉄道で、車両も様々なものが混在しているところも、魅力いっぱいです。
Img_5886

| | コメント (0)

2026.03.28

『潮音』宮本輝

富山の薬売りの目を通じて見た幕末から明治維新の時代を、4冊にもなる大著で描きます。新聞社の社主が引退した売薬人にインタビューをするという形式です。歴史はたいてい為政者の視点で語られますが、この小説では地方商人という市井の人物の視点で語られているのが新鮮です。ただし語り部の売薬人は単に行商で薬を売っていただけではなく、行商先の薩摩藩との関係を保つことで、蝦夷地の干し昆布と中国の薬種を、岩瀬浜の廻船・薩摩藩・琉球王国を絡めて密貿易にて交換するという、複雑な組織の中にいた人物として描かれます。組織構造が複雑なので、物語内で説明しようとすると不自然になります。そこで、インタビューに対する語りの形式で小説にするという工夫がされたのでしょう。
史実に基づいたフィクションです。物語の序盤で、この物語が西南戦争で終わることが匂わされます。そして、実際に西南戦争で終結します。これは、インタビュアーである新聞社主も、小説の読者も西南戦争を知っているという前提での構成です。物語の結末をプロローグに描いて本編に入る構成の小説を時おり見かけますが、そのプロローグを歴史の教科書に委ねた形です。歴史小説というのは、こういう構成になるのでしょうね。
史実に基づいた小説ですので、その史実を確認するための調査はとても大変だったと思います。文芸誌に10年かけて掲載されたものとのことですが、構成を練ってある程度の下調べをしてからの掲載開始だと思いますので、宮本輝が掛けた時間はもっとたくさんです。綻びなく調べ、歴史的な事件を大胆かつ緻密に書き、しかしながら落ち着いて語るという絶妙な温度感と手触りの文章をたっぷり浴びることができました。
語り部は越中八尾(旧富山県婦負郡八尾町)で社主に語ります。読んでいるうちに、その場所に行きたくなりました。読書途中でしたが3泊4日を富山で過ごし、八尾まで足を伸ばしました。八尾を訪れた話は、またどこかで。
Tempimagegcat9c

| | コメント (0)

2026.03.22

クロスガーデン多摩

クロスガーデン多摩が廃墟化しているとのネット記事がありました。

週刊東洋経済オンライン - 空床だらけで閑散「多摩の廃墟モール」失敗の要因https://toyokeizai.net/articles/-/938511

2008年オープンのショッピングモールで、子どもが小さい頃は何度か自家用車や電車で来たことがあります。その頃も流行ってる感はあまりなく、閑散としたモールだったと記憶しています。ボールプールなどがある小児向け遊戯施設があったような。

実際に訪ねてみました。訪問日は2026年3月22日(日)です。

店舗床は3層で、大きく南北に分かれます。

1階南:モールの核テナントである食品スーパー「foodium」が2月1日に閉店していて、スーパー前のモス、QB、クリーニング店だけが営業を続けている異常な状態です。ここに食品スーパーを誘致できないとモール全体が壊滅的なのですが、開店予定情報などは見つかりませんでした。

1階北:フィットネスクラブが2店舗入っています。どちらも目的を持って来店する類の店舗ですので店構えは地味で、モールの賑わいに寄与していません。

2階南:やたらと広いクレーンゲーム専用ゲームセンターと、小児〜児童向けの屋内遊戯施設「ファンタジーキッズリゾート」が入居しています。遊戯施設はそこそこ賑わっているよう。この施設を目的に来街する家族は一定数いそうです。

2階北:100円ショップのセリア、廉価服販売の「タカハシ」のほか数店舗が入居し、モールの体を為している印象です。ここには児童向けスポーツクラブがあり、僕が通った時は通路に行列ができていました。

3階南:奥に古着屋「トレファクスタイル」ファンシー雑貨「パステル」写真スタジオ「ふるーれ」などが営業しておりモールの体は為しているように見えますが通路が薄暗く、どことなく廃墟感があります。入口付近に大きな空き区画があるのが残念です。

3階北:壊滅状態です。モール内通路側は一つの区画も営業していません。外通路側に学習塾、シミュレーションゴルフ、焼肉店が営業しているだけです。

全体的には、空き床が多く廃墟と言えなくもないですが、人が皆無というわけではありません。まずは1階核テナントを埋めること、次に3階空き区画を埋めて賑わいを取り戻すことが課題なのでしょう。ココリア裏という微妙な立地を、どう乗り越えるでしょうか。

Img_6009

| | コメント (0)

2026.03.01

『ダブル・ファンタジー』村山由佳

読者の倫理観を揺さぶりながら、欲望と承認の迷路へと引きずり込む危険な小説です。主人公・奈津は、転がり落ちるような人生の只中で、「自分を引き上げてくれる男」を探し続ける。恋愛体質という言葉では足りないほど、愛情・快楽・承認欲求の境界が曖昧になり、誰かに愛されている自分、必要とされている自分を確認するために、男たちとの関係へと身を投じていきます。
本作で特に印象的なのは、奈津が男たちをセックスの相性や技量で容赦なく評価する視線です。素晴らしい体験としてのセックスと、くだらない体験としてのセックス。その落差の表現は残酷で、時に読む側がたじろぐほど露骨です。くだらないセックスをする男への蔑みは、読者に不快感すら与えます。その不快さこそが奈津の空虚さと切実さを際立たせ、作品の強烈な読み味を形づくっています。
物語には、自由な恋愛、自由なセックス、自由な仕事が描かれています。しかしその自由は、都会的な自立した女性像への憧れにも見える一方で、欲望に流され続ける漂流者の姿にも重なります。嘘をついて外泊し、劇作家と関係を持った時点ではまだ罪悪感があるが、物語が進むにつれ奈津の中から倫理が薄れ、どんな男と寝ても罪悪感が消えていく。その過程に読者も巻き込まれ、気づけば倫理の基準が揺らぎます。小説として非常に危険でありながらも、目を離せなくなります。
「よくここまで書いたな」と思わず唸ってしまいます。性、承認、自由、破滅。これらを真正面から描き切った本作は、読者の価値観を揺さぶる力を持つ一冊です。

| | コメント (0)

2026.02.23

『滔々と紅』志坂圭

吉原という場所に来る女性がいかに過酷な人生を歩んできたか、吉原という場所でもどれほど過酷な人生を歩んでいるのかが胸に迫ってくる小説です。遊女たちは日々、死と隣り合わせで生きていて、生きていること自体がすでに地獄のよう。その重さを描くために、作者が当時の遊女の生活や制度を丁寧に調べたのだろうということは、作品の細部からしっかりと伝わってきます。歴史的な背景の描写は細かく、吉原の空気がひんやりと肌に触れるような臨場感がありました。
ただ、その綿密さが必ずしも物語の魅力に結びついていないようにも感じました。説明が前に出すぎてしまう場面では、登場人物の感情がふっと遠ざかってしまい、文学作品としての情緒が薄れてしまうのが少し残念でした。物語の流れよりも知識の提示が優先されているように見える瞬間があり、せっかくの題材が持つ哀しみや切実さが、説明の層に覆われてしまっているように思います。
また、登場人物の役割や配置の重なりが不自然で、物語の構造がやや稚拙に感じられました。印象を深める目的での意図的な重なりなのでしょうが、読み手としては少しわざとらしさが気になり、ストーリーの説得力を弱めてしまっていると受け止めてしまいます。わざとらしい偶然性をいかに排除しつつストーリー性を高めるかについては、さらなる工夫をするために時間を割いてもよかったのではと思います。そうすれば、物語性はより厚くなります。
遊女たちが抱える仕事の辛さ、そこから逃れたいという切実な願い、何かに縋らずにはいられない心の揺らぎ、そして信仰へと逃避していく心理――これらは本来、とても強い文学的テーマです。作品の中でしっかりと描かれている部分です。だからこそ、説明ではなく物語として、もっと胸に迫る形で描かれていたらと、どうしても惜しさが残ってしまいました。
それでも、吉原という世界の暗さと重さを真正面から描こうとした姿勢には、強い意志を感じます。資料性と物語性のあいだで揺れながらも、作者が見つめようとした「地獄の中で生きる女たち」の姿は、読み手に静かな問いを投げかけてくるようでした。もう少し情緒の余白があれば、さらに心に残る作品になったのではないかと感じつつ、読み終えました。

滔々と紅 - ディスカヴァー・トウェンティワン

| | コメント (0)

『新生』島崎藤村

姪と関係を持ち子を産ませ、自分はフランスに3年間逃げるという、かなり酷い男の話です。大正時代初期の話であり出身の名家の汚点ともなる事柄を勝手に私小説として発表してしまうという、ペンの刃を自身に向けるようなことも行っていて、そのことも後編には描かれているので、その衝撃は大きなものです。
自らの悪事とその内面を表現していいものか、表現するならどのように表現するのか。この小説のような書き方がベストだったとは言い難いと思います。関係を持った姪として描かれる節子は実在の人物が存在し小説に書かれた関係を実際に持っているわけで、その後の人生の大きな枷となることが想像されます。したこと、書いたこと、どちらをとっても藤村を擁護する要素は見つかりません。それは藤村自身も承知の上で、それでも書くことから逃れられない苦悩も含めて書き綴っていることから、書かれている心情も複雑だし、読後感も複雑になります。
この小説は新聞小説として発表されたとのこと。新聞の小説は娯楽のように思っているのですが、実際の人生を読み手はどのように捉えたのでしょうか。

青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/000158/files/843_14595.html

| | コメント (0)

2026.01.25

『ゼロから分かる!ジャズ入門 知れば知るほど、面白い』後藤雅洋

Kindle unlimitedにあったジャズの本です。ジャズは僕にとっては(おおよその人にとっては)娯楽音楽なので演奏でもしない限り入門なんてしなくてもいいのですが、それでも入門本を読んでみるのはいいかも、とダウンロードして読んでみました。

本書は、歴史、スタイル、代表的な演奏者の3軸をそれぞれに分けて、区分ごとの説明と代表曲を紹介しています。紹介された個別の曲は本なんか読んでいる場合ではなく聴かなければわからないのですが、何を聴けばいいのかという羅針盤を3軸も持つことで、ジャズを理解しやすくしてくれます。

スタイルによる区分も従来は気にしたことがなかったし、入門本をパラパラと捲っただけでもしらない演奏者がたくさんだなと言う印象です。紹介されているジャズスタンダード25曲ですら、知らない曲ばかりだ!やはり時系列が頭の整理になります。ここで整理された軸を気にしながらジャズを聴くことで、新たな発見がありそうです。

幸い、いまは音楽サブスクの時代。いろんな音楽を試しに聞いてみるのにはいい環境ですね。

世界文化社
Db5e30f01e4e43ceb68b2fd9e25ad85f

書評 | | コメント (0)

2026.01.14

登戸研究所

明治大学の隅にひっそり立つ「登戸研究所」。陸軍の秘密研究所跡地に、徹夜明け仮眠後の午後に訪れました。
生田駅から線路海側を遊園方面に歩いたところに明治大学生田キャンパスがあります。敷地に入り坂道を登ったところに小さな神社があります。陸軍登戸研究所(第九陸軍技術研究所)が建立した弥心神社(生田神社)です。昭和18年陸軍大臣の表彰金で建立されたとか。
Img_5094
明治大学生田キャンパスのいちばん右奥(南西)に登戸研究所資料館があります。ただ「登戸研究所」はこの資料館として残されている建物だけではなく明治大学生田キャンパスとなっている広大な敷地全体に広がっていて、多くの木造建築物といくつかのコンクリート製建築物からなっており、資料館となっているのはそのうち保存されている建物のひとつにすぎません。
Img_5096
この建物は明治大学が入手してから長いあいだ農学部の研究棟として使用されていましたが、戦争遺構の保存の目的で登戸研究所時代の間取りを復元し展示施設に改装しています。ただ、実際にこの建物がどのように使われていたか、詳しいことがわかっていないことも多いのが事実です。行ったときは、学生さんにガイドをして頂けました。まず、最初のビデオ。登戸研究所では戦争犯罪に関わる秘密の研究がなされていたこと、ここで働く人は厳しい箝口令が敷かれていたことを教わります。
Img_5101
登戸研究所のイメージは、風船爆弾。紙張りの風船に爆弾をぶら下げて太平洋に飛ばしアメリカで着弾して爆発することを目指すというもの。荒唐無稽な計画だと思っていたのですが、実際には打ち上げ10,000発中1,000発くらいがアメリカ・カナダに着弾していると言うから意外と現実的な攻撃方法だったようです。アメリカでも混乱にならないよう報道規制が敷かれたいたというから、なかなか効果があったみたいです。偏西風、ジェット気流も研究されていて、温度による高度調整装置も付いているという意外にも高性能なものでした。貼る和紙も破れにくく弾力性があるように加工された高度なものです。登戸研究所に通う女学生が厳しい労働環境のもと作りました。
Img_5098
(写真は風船爆弾10分の1模型)
Img_5097
展示を見ていると、登戸研究所のメインは偽札の作成だったようです。蒋介石政権が発行した共通紙幣の偽札。しかし、日本との戦争が進むにつれ極端なインフレとなり、偽札が狙った経済混乱は埋もれてしまったようです。
Img_5100
何に使われたのかよくわからない、暗室。扉の他にクランク通路があり、扉を閉めるとクランク通路を確保しつつ室内が真っ暗になる構造になっています。大きな流しがあるところをみると写真現像の暗室にも思えますが、この建物そのものは生化学兵器開発の研究所だったらしいので、本当のところは何なのでしょうか。なお、写真奥のランプの意味も不明で、これは陸軍登戸研究所が付けたものか、慶應義塾が付けたものか、明治大学が付けたものかもわからないそうです。
Img_5102
登戸研究所は終戦直前の疎開で長野県駒ヶ根に疎開していたそう。その駒ヶ根に保存されていたのが石井式濾水器。アルミ珪藻土を巻いた筒をカートリッジとして機械に6本取り付け回転させて濾過させるもの。機械の中心にはブラシが付いていて、珪藻土の目詰まりを掃除する機能もあります。
Img_5103Img_5104
最後に見せていただいたのが、通称「弾薬庫」。ただし、登戸研究所当時に何に使われていたのかはわかりません。登戸研究所は大規模施設にも関わらず証言者が少なく、こんなことですらわかっていないのです。戦争の闇の深さを感じます。この「弾薬庫」も徐々に崩落が始まっていて危険なので、見物者は中に入ることができないほど。用途がわからないまま、戦争遺構が消滅してしまいそうで残念です。
Img_5105

明治大学平和教育登戸研究所資料館

| | コメント (0)

«『江戸東京の坂道 凹凸から読み解く都市の成り立ち』 岡本哲志