『組織経営』
日経文庫の「経営学入門シリーズ」で組織論について書いている本です。
リーダーシップ論と企業組織論がコンパクトにきちんと整理して書かれた良書と感じました。今回の僕の興味はそのうちの「組織」にあったので、その分野を重点的に読み込みました。
とっても、組織は個人の集まりです。個人がいい働きをしないことには組織はいいアウトプットを出せません。そんなわけで、前半のモチベーション理論やリーダーシップ論から本書はスタートするわけです。
本書の序盤に「会社人間と仕事人間」という個人の組織への関わりの意識の対比が書かれていました。
仕事人間は、仕事ばかりでなく、家庭や社会生活でも充実感が高く、仕事時間は実際に多いのですが、家庭や社会活動に割く時間を犠牲にしていません。会社ばかりでなく、仕事や職場への取り組みも積極的です。
会社人間は、仕事の充実度が低く、会社や仕事や職場に対する態度も否定的です。(p.72)
これって、確か堀江貴文『ゼロ』にも書かれていた内容だったなぁ。優秀な経営者は、知らずにこういうことを実践しているものなのですね。
組織はすなわち集団の構成なのですが、集団の弱点が列記されていました。すなわち「集団圧力」「集団浅慮」「集団凝集性」です。集団圧力への対処として、自分以外に誰かひとりでも正しい判断をしていれば集団圧力のマイナス効果は弱まるとあります。また集団浅慮への対処として、誤りを明確に声を出すことが挙げられています。集団圧力・集団浅慮という集団の弱点を顕在化させないためには、組織風土のようなものが大事であることがわかります。要は「みんながこう言っているから自分もこう」という圧力にそれぞれの構成員個人が負けない組織風土であることが大切そうです。集団凝集性(集団内のコンフリクト)への対処としては、至上目標の設定が挙げられていました。この「至上目標」については、組織設計のモデルその他あちらこちらで出てきます。(このあたりで、本書のテーマの重要な要素であることに気付きました。)
組織設計のモデルとして、ガルブレイスの組織設計のモデルが紹介されています。「組織とは情報処理システム」という考え方です。(ここでの情報処理システムはコンピューターシステムのことではありません。) このモデルでは組織設計の手順として(1) 規則と手順 (2) 階層に沿った上申(例外による管理) (3) 目標設定(下位への移譲) が示されています。目標設定って情報処理の下位への移譲の機能があるのですね。そういう視点に今まで気付かなかったことが恥ずかしい…。
管理職の働き方について、このような記述がありました。
経営や管理の任にある人々の日常行動は、実に多様な活動の集積であり、1個1個の活動の持続時間は非常に短く、その1日の仕事のベースは、無慈悲なほどに目まぐるしいです。活動パターンが、ずたずたに断片化されてしまっているのです。(略)いったいどこで、管理者は、将来の長期的ビジョンを大きく深く考えればよいのでしょうか。(p.110)
ここで、ガルブレイスの組織設計論です。(2)の「例外による管理」が溢れてしまっているため、管理職の仕事が断片化されてしまっているのです。この対処策は (a) スラック資源の創出(期待される業績水準を下げる) (b) 自己充足的課題の創出(分業の度合いを避ける) (c) 垂直的な情報処理システムへの投資 (d) 水平的関係の創出 が挙げられています。(a)(b)は例外が起こる頻度を抑制し過度の情報負荷を緩和する役割、(c)(d)は情報処理の能力を増大させる役割があります。(本書は1999年出版ですので、その後のITの進展によって(c)についてはほとんどの企業でグループウェアなどの形で導入済みだとは思います。) (b)(d)については「分化に応じた統合」という言葉でくくられています。多様性を生かした高度な議論や手段問題解決ができる能力が必要になってきます。また、水平的関係や官僚制的組織では持つことが困難で、そうではない組織「有機的組織」が必要になってきます。
規則や階層が組織の動きを規定している「官僚制的組織」は古い、悪い組織のイメージが強くなっています。しかし、実際には組織から情実を排除し、能率よく安定した業務を継続するためには有効な組織形態であると本書では説いています。「有機的組織」は官僚制的組織の対義として出ていますが、本書ではその定義は見当たりません。低度の公式化と高度の分権化・高度の複雑性によって不安定で変化の激しい環境に適した組織と捉えることができるでしょう。既存業種の既存大企業をまるまる有機的組織に変革するのは非現実的ですので、
大企業にとっての挑戦課題は、組織全体を有機的にはできなくても、組織のなかにいかにして有機システムの要素を取り込むか(p.170)
が大事になってきますし、組織デザインの重要な要素なのでしょう。
組織デザインをやっていくなかで、部署の業務内容を文書で定義すると、どうしても「官僚制的組織」になってしまいそうです。ただしJ-SOX対応をしなければいけない業務についてはどうしても文書化が必須になりますから、その部分は官僚制的組織の要素は避けられないでしょう。(本書では「J-SOX」「内部統制」などの概念はいっさい出てきません。)部署のなかに(1)業務内容が定義された業務と(2)目標のみが示された機能 を持たせる案はどうだろうと思いましたが、(1)のみ実施し(2)が実行されない恐れがあったり、そもそも(2)がガルブレイスのスラック資源で放漫経営につながる可能性もあるので、なかなか難しいところです。(2)が有効に機能するには「至上目標」が有効に機能している必要もあります。では、業務内容が文書で定義された部署と目標のみが示された機能を持つ部署に分ける案はどうでしょう。そうすると、目標のみが示された部署を動かすには管理型のマネージャーではなく、変革型リーダーシップをとることができる管理職層の人間が必要になってきます。
組織は個人の集まりですから、組織を変化させる際、組織のなかの個人をどう取り扱うかというのも重要です。コッターの提唱として「組織変革が失敗に終わる理由」が8項目挙げられています。
1.現状満足を容認する:うぬぼれて十分な危機意識がない
2.変革を導くのに必要な強力な連帯や結託を築くことを怠る
3.ビジョンを過小評価する
4.従業員にビジョンを十分にコミュニケートしない
5.新しいビジョンに立ちはだかる障害の発生を放置してしまう
6.区切りごとに短期的な成果や進捗を確認することを怠る
7.あまりに早急に勝利を宣言する
8.変革を企業文化にしっかりと定着させる(錨を下ろす)ことを怠る
(p.181)
組織変革というのは、デザインしただけではダメで、きちんと変革までやり遂げなければいけないことが読み取れます。至るとこで日常に耳にする「組織を変革する」という言葉ですが、ほんとうに大変なことなんだ、相当な本気度がなければやりきれないんだということです。
本書では、経営論の「流行」を注意深く避ける意図があちらこちらで読み取れます。そのなかで、きちんと定着した理論を丁寧に引用し、読者に紹介しています。その意図は終盤の
考えることなく、実験精神なく、流行を追うように、組織づくりやマネジメントの手法に飛びつく愚」(p.195)という言葉にも表れています。そして本文は次の言葉で締めくくられています。
レトリックに真の意味を与えたり、フラット化やエンパワーメントという言葉に血を通わせるのは、実践を通じての学習しかありません。最後に、もう一度くり返しましょう。レトリックに現実のフレーバーをもたらすのは、読者一人ひとりの実践的課題なのです。
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