『現代秀歌』
短歌アンソロジー。前作『近代短歌』の続編とある。前説で昭和20年代後半の「前衛短歌運動」が短歌史の一つの区切りではあるそうだが、本書は厳格にその区切りを用いることなく単純に近代短歌以降の歌人の作品が紹介されている。
短歌の作法も、読み方も知らずただ文字を眺めるだけであるが、たった三十一文字の多様性、重み、深さを100人分感じることができる。職業歌人としてコピーライター的に「上手い」表現を書き留める歌人もいれば、苦しい生活の暗さと微かな明るさを三十一文字に歌った者もいる。昭和から平成の時間は長く、歌われる情景は様々であり、短歌ゆえに読者に時間の情景を埋める力が試される。
短歌なんてブルジョワかインテリ高齢者の遊びかと思っていたが、プロレタリア短歌のような世界もあり、広くたくさんの人が楽しむべき文学ジャンルのような気がしてきた。もう少しいろんな短歌に触れたあと、もう一度ここに帰ってきて読み返すべきアンソロジーではないだろうか。
この本、あとがきに著者の妻であり歌人の河野裕子が詠まれている。
一日が過ぎれば一日減ってゆくきみとの時間 もうすぐ夏至だ (永田和宏)
河野裕子は闘病中であり、のちに亡くなる。妻の死を詠んだ歌。章立ての最後を「病と死」とし、あとがきにこの歌を記すことで、淡々と歌を並べたのではない著者の思いが残される。
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