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2021年3月の5件の記事

2021.03.29

今村夏子『ピクニック』


映画『花束みたいな恋をした』で繰り返し語られる「今村夏子さんのピクニックを読んで何も感じない人」という台詞が胸に残り、自分がどちら側の人間かを確かめたくなった。

ローラーシューズをはいた女性が配膳する飲食店。フーターズみたいなところか。ここで勤め始めた若くはない女性、七瀬さんが主人公。若く、ちゃんとローラーシューズをはきこなして踊りもできるルカの視点で小説は進む。七瀬さんは自分より少し不幸であることがルカにとって望ましいという微妙な立ち位置で安定するのがよい。しかし「新人」によって、安定が崩されてゆく。

嘘を嘘だと指摘するのが善人なのか、嘘に乗っかりエスカレートさせてゆくのが善人なのか。ドブ浚いをするオバさんにピーナッツを投げる善人ぶった行動の悪意の重さを、読後に振り返ることになる。

でだ、八谷絹(有村架純)が語る「今村夏子さんのピクニックを読んで」感じなければいけないこととは何だったのか。山根麦(菅田将暉)が仕事に追われ余裕と絹への愛情を失うなかで絹が繰り返し述べることの意味との関連で解釈しなければいけないのだろうが、僕には出来なかった。こういう僕は、七瀬さん側でもなく新人側でもなく、ルカ側で生き続ける人間なのだろう。




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2021.03.28

『経済学は人びとを幸福にできるか』

戦後経済学の屈指の左派である宇沢弘文の講演録など。新自由派を強く批判し、公共の利益を最優先に考える。これぞリベラルと言うべきか。経済学が資本家の利益追求のためにあるかに思えるが、本来は「人びと」が幸福になるために使われなければならない。そんな宇沢の信念をずしりと味わった一冊だった。

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2021.03.27

『花束みたいな恋をした』


家に籠っててAmazon Echoから繰り返し流れてくるAwesome City Clubの勿忘。どうしても気になって、映画館に足を運んだ。しかし、作品中に勿忘が流れてくることもなく。

菅田将暉と有村架純が出会う。気侭に生きて、心に余裕を持ちながら。しかし、社会に出なければ、働かなければ、責任を持たなければいけない重圧とともに失われてゆく恋人への気遣い。文学や芸術への無関心で、心が削られてゆく様子を描いている。何せパズドラしか楽しめない。恋愛なんていう人を相手にした複雑なものには向き合えないんだろう。

後半の物語は、冷静な描き方だ。自分のことにそんなに客観的になれるのか。ハッピーエンドと言っていいのか。

4年間が残した価値観の共有。菅田と有村は文学などの芸術分野での価値観共有にて近付いたと描かれている。文学好きの描写は鼻に付く。村上春樹のようにわざと鼻に付くように描かれているのではないところが微妙で、単に嫌味になっている。このあと、今村夏子『ピクニック』への共感を強要させ、価値観が異なる人間を「ピクニックを読んで何も感じない人間」と蔑む。出会った頃の同じ分野が好きで話が合う同士がエスカレートして、同じことに共感する同士を目指してしまうと、難しいんだろうなと。

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2021.03.10

『戦略分析ケースブック』

企業の経営戦略や事業戦略について、事後的に経営学視点で分析したケース集。分野も広く取り上げているが、視点も幅広い。ずいぶんとまとまりのない本だなと感じたが、どうやら大学院生の演習か論文を集めて書籍化したものっぽい。そんな理由で、偏った視点や、強引な論旨展開もみられる。でも、きちんとストーリーに仕上げている。企業内の戦略部門でここまでの分析をするのは(銀行や証券会社を除いて)不可能だろうし、それはさすが大学院商学科の研究だ。

学術的な学びを得る本というよりかは、人の演習を見て真似て応用力を増していくための本かなと。


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2021.03.05

『天才による凡人のための短歌教室』

若い新鋭歌人による短歌への取り組み方ガイド。この手の指南本は短歌に限らずベテランの師によるものが多い中で若手が出しているのに目を引く。しかも、著者(売り手)を天才、読書(顧客)を凡人とタイトルで言っちゃう異色の本だ。ただ本文では著者の天才性をひけらかすこともなく、このように悩んだという読者に近いスタンスで書かれている。

他の短歌指南書に比べて、かなり具体的である。知識ベースの作り方、話題の展開の仕方、推敲。ベテランになっちゃうと理論が先行しちゃって書けないような直感に近い部分が書かれていると思う。無所属でしがらみが少ないのもいいのだろう。単に短歌の教科書としてでなく、エンタメ要素を楽しめる本だった。

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