『アイネクライネナハトムジーク』
これといった事件が起きない群像劇。運命とか背中を押される何かとかを作品に渡ってボヤっと表現する。心に刺さることがなく、それでいて心の底にじわっと残り続ける作品でした。
主演俳優の遺作でもありますが、ここは出演者のその後の予備知識を持たずに観ておきたいところ。そして、いろんな選択と決断をしてからこそある今ここの現実の幸せを噛み締めたいところ。
これといった事件が起きない群像劇。運命とか背中を押される何かとかを作品に渡ってボヤっと表現する。心に刺さることがなく、それでいて心の底にじわっと残り続ける作品でした。
主演俳優の遺作でもありますが、ここは出演者のその後の予備知識を持たずに観ておきたいところ。そして、いろんな選択と決断をしてからこそある今ここの現実の幸せを噛み締めたいところ。
先日ある会合のオンライン懇親会で、文章の書き方が悪くて伝わらない人がいるよね、という話になりました。で、会合出席者たちが文章術を学ぶために読んだ本がいくつか挙がりました。
< a href="https://amzn.to/3GWHfG5>かなり古い「悪文」という本を紹介されたり、バーバラ・ミントの「考える技術・書く技術」でしょうが…と思いながら話を聞いていました。
で、大昔(たぶん20代の頃)に読んだだろう本書を本棚から取り出し、かなり久しぶりに再読しました。
本書で紹介される技法である「ピラミッド原則」はたまに雑誌などで紹介されるので、わかったつもりになっていました。しかし、本書をちゃんと読むと、「何のために書くのか」(読み手に理解してもらうため)、「何のために文章構成を考えるのか」(論理破綻がないことを確かめるため)など、そもそも文章を書く手前の事柄すら僕は理解していなかったことに気付きました。
こういう基本的なビジネス教科書は、いったん読んでわかったつもりにならず、たまに読み返すのが大事なようです。
ちなみに、この記事はピラミッド原則を意識していません。ブログは「log」なので、今後もだらだらと書いてしまうと思います。
村上春樹の原作を濱口竜介が映画化したもの。芝居が舞台なので、芝居がかった台詞が耳に残る。その芝居がかった台詞が、劇中劇だけでなくストーリーでも使われているのが濱口の意図したところか。
原作を読んでいないので、村上春樹が書いた台詞と濱口竜介が付け足した「春樹」っぽさの区別はできない。しかし、芝居じみたセリフに村上春樹のクサさをうまく混ぜ込んでいる。しかも、常に芝居っぽさを醸し出すことで、物語の緊張を維持し続ける。前半にイベントを多く盛り込み、あとから思い起こしてみればただ淡々と風景が流れるだけだったシーンでも緊張を維持し続ける不思議な構成だった。
悲劇からの立ち直りを描くヒューマンドラマと言えばそれまでだが、ミュージカルにも似た演出で観客を飽きさせない、不思議な作品だった。