『姫君を喰う話』
この夏に亡くなった小説家、宇能鴻一郎。恥ずかしながらこの作家の名を訃報で知った。相当にエロい小説だという評判を目にしながら、その一冊を手に取った。(正確には、Kindleに落とした。)
落としたのは文庫の短編小説集で、次の作品が収められている。
・姫君を喰う話
・鯨神
・花魁小桜の足
・西洋祈りの女
・ズロース挽歌
・リソペディオンの呪い
それぞれ幅広い時代の山村や漁村の風俗の濃い描写に合わせ奇妙なフェティッシュを迫力ある形で描く、特徴的な文体だ。全体傾向としては、セックスの一歩手前の感情が一番昂まる瞬間を捉えて描いていると思う。
愛する者を手に入れたい気持ちの行き着く先は身体を自分に取り込むことなのだろうか。タンを喰いながら、ウシとこれ以上ない濃厚なキスをしているなんて考えたら、牛タン定食なんてエロいランチは食べられなくなる…しかし、虚無僧はその比ではなく、ぜひ小説を手に取って楽しんでいただきたい。
小桜も、なかなか衝撃的な結末だった。ラストシーンがなければ単なる風俗体験レポート的な文章でしかないが、全てが想像を絶するフェティッシュなラストシーンのために仕組まれた文章だった。(それこそ神への冒涜だよ。)
ズロース挽歌は籠の鳥事件の受けての作品と思われる。完全なる飼育より、かなり不健全。(いや、完全なる飼育も十分に不健全だが。)パンティではなくズロースに倒錯するフェチという、斬新すぎるエロを描けるのは宇能鴻一郎くらいだろう。しかも、60年代後半という絶妙な時代に書いている。
鯨神は他のエロ小説とは一線を画する、若者の生き様を描いた小説。危険な捕鯨に挑む漁師の生き方を描く。鯨神(巨大な鯨)との戦いの描写は迫力がある。そして、傷付いて死と向き合うシーンも重い。満ち足りてこの世を閉じていくのだろうか、悲劇なのになぜか満足感が高く締めくくられる小説だった。