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2025年9月の8件の記事

2025.09.26

『キホンからよくわかる東大教養将棋講座』勝又清和

将棋って何?を解説する本。将棋の歴史、棋士は何を考えているか、棋士にはどうやったらなれるのかなど、将棋の基本知識をわかりやすく解いています。これで教養の単位が取れるんなら東大ってチョロいな。棋士でありながら将棋文化を深く研究している勝俣先生だからこその、このわかりやすい解説。将棋を指さない人も、見る将ですらない人も、いちどは将棋ってものを知っておきたい人ならこの本をおすすめです。

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『息が詰まるようなこの場所で』

タワーマンション地区のPTA、小学校の同級生の群像劇。きらびやかな街である湾岸タワーマンションには、資産家、地権者、サラリーマンが住む。それぞれの生き方を描いています。
人はつい、他人と比較してしまう。他人の境遇を羨み、他人の能力に嫉妬する。そうして人は不幸になっていくのだと、つくづく思います。その心理を、この小説はわかりやすい構図であぶり出します。そんな目的で書かれただろう小説ですので、終章はかなり白々しく感じてしまいます。終章は、中盤で描く苦しみから読者を解放する夢であると捉えました。みんな自由に、それぞれで伸びればいい。偏差値や年収で測られない世界へ、みんなが羽ばたいていくことを夢見て。
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『ともぐい」河崎秋子

明治期の北海道白糠の山中で狩りをして暮らす男の物語。都市や農村でなく山中で暮らしているので、物事全てが命懸けです。獲物に挑み命を奪い糧とする。いつ熊が自分の命を糧とするかという考えを畏れず向き合わなければ、山の生活は成り立たない。人も動物も死と隣り合わせ。だからこそ、命の大切さと自らの命を守るための残酷さが露わになります。
豊かの尚家の主人も貧しい漁師の元に生まれ酷い境遇で育った娘も同じ娘を持っていて、命のために力ずくで生き抜いていきます。力ずくの迫力は山の男の描写がダントツ。しかし強い男の命だって儚いもの。儚いものの迫力を、この小説でみなさんに味わってほしいです。
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2025.09.12

『真鶴』川上弘美

夫が失踪して15年、ふと真鶴に立ち寄る。そんな物語です。

物語の中での真鶴は幻想の場所。しかし、この物語では現実と幻想の境目は曖昧に描かれています。それによって、失踪した夫の存在も、不倫相手の存在も、不倫相手の声を出す見知らぬ男との一夜も、現実なのか幻想なのか、読み手は戸惑ってしまいます。

真鶴での幻想は過酷です。何のメタファーなのかもわからないまま船は燃え、赤ん坊は海に沈んでゆく。夢の中の光景として描くことで、残酷な景色は美しく消化されます。

真鶴という絶妙な場所選びも川上弘美のセンスだろうか。異界と現実を行き来するのに電車で2時間ほどという、近過ぎず遠すぎない距離感、岬と崖がある地形、寂れた街、美しい響きの地名。この場所を美しく描きすぎないところもよかったです。
ふらっと訪れたくなる、小田原から12分で異界に入れるかもしれない。

文藝春秋
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2025.09.07

『まだまだ見せます、新生 荏原 畠山美術館』

白金に畠山美術館という美術館があるらしい。最近まで知らなかったのですが、Casa Brutusや和樂で取り上げられていて気になっていました。

場所は白金台。ピンとこない地名なんですよね。乗換検索アプリの指示のまま五反田駅で降り、桜田通りを都心方面に向かいます。目黒川の谷と白金の台地の間の場所で、地形はかなり複雑です。崖地に位置して1階の正面に玄関を置き2階裏に勝手口を置いている民家などもあるくらい。で、住宅地を歩いていても美術館がある気配がしないのですが、不安になった辺りで突然登場します。門をくぐると五反田の喧騒から切り離された緑の空間。敷地の空間を味わうだけでも五反田に来た価値があります。Tempimageokki8o

展示は中国陶器を軸にした収蔵品企画展。この中で気に入ったのが野々村仁清「水玉透鉢」。撮影禁止でしたので、下記サイトをご参考。大胆な肉抜きを焼き物で実現するのは難易度が高いはず。それを、なんでもなかったかのように静かなフォルムで仕上げてある造形に狂気すら感じます。
https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/31128/pictures/4

面白いと思ったのが、笹蟹蓋置。蟹の爪が蓋置の天面を支えているという構図。あとで調べるとこの構図はよくあるものらしく、検索すると東京国立博物館所蔵品が見つかりますね。
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/437428

展示室を回った後は、庭園散策。もう9月とあって蝉の鳴き声もちらほらで、ちょうどよいBGMに。トカゲが歩き回っていました。

帰路は目黒駅方面に向けて歩いてみます。分かれ道(正確には4叉路)にある何かの祠。こういう隠れアイテムが見つかると嬉しいです。手を合わせて、いいことが起こるように何かに祈ります。駅前の町中華で中華丼を食べ、帰路につきました。
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『きことわ』朝吹真理子

別荘地、葉山。遊びに来た貴子と、管理人の娘として手伝いに来た永遠子の思い出が、別荘を片付ける四半世紀後によみがえる。夢見たようによみがえる。なので、そんな物語を、夢なのか回想なのか現実なのかの境目を曖昧にした文章で書き連ねた小説です。何か決定的なことが起こるわけではない抽象的な文章を段落分けせず一気に読ませる不思議な文章に魅入ってしまいました。

春子の喫煙に背徳感があります。喫煙という、たったそれだけのことで。背徳感のある美しい生き方って難しいと思うのですが、春子のことを真正面から書かずに貴子の回想として表現することで、絶妙な春子感を描いていると思いました。

新潮社
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『遠い山なみの光』

長崎の戦後を舞台に女の人生の厳しさを描いた映画です。被曝女性への偏見は、いかほどのものだったのでしょうか。1950年代の長崎を、1980年頃の映画のようなタッチで描いていて、観ている自分も回想に引き込まれてゆきます。戦後すぐのことを思い出しながら、イギリスでの生活も区切りを付ける。どの映像もふわっとしていて、美しさを用いて記憶を曖昧にしているような作品でした。
ネタバレを含みます。 戦後、サラリーマンの妻として団地に住む悦子は河岸に住む佐知子、真理子母娘と出会うという回想。この回想が、はっきりしているようで、あやふや。悦子の夜中のバイオリンの記憶のエピソードは、回想のあやふやさの伏線でしょうか。真理子は恵子なのか、観客に答えを与えずに映画は終わります。箱の猫、指し掛けの将棋が何かを暗喩していそうですが、読み取ることはできませんでした。ミステリアスな部分を残してエンドロールを流してしまうことで余韻を館外までも残してしまいます。
https://gaga.ne.jp/yamanami/ Img_3635

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2025.09.03

『忙しい人のための美術館の歩き方』ちいさな美術館の学芸員

タイトルから、タイパよく美術館を鑑賞するテクを紹介する本かと思っていたら、そうでもなかったです。この本はタイパを求めません。この本が求めているのは、頑張らない美術館の楽しみ方みたいなものでしょうか。どちらかというと、精神的な無理をすることなく美術館を楽しむための知識吸収のために詠む本といった感じです。

前半は、日本における美術館史的なもの。みんな美術館の展覧会に何を求めているんでしょうねって、この章を読むと思ってしまいますね。今でも人気展覧会は○時間待ちという大混雑のものがありますが、高度成長期はもっと大変だったんだろうなとか。

後半は、頑張らない美術館鑑賞のノウハウです。大雑把に言うと、美術館鑑賞を勉強にしないことと、アウトプットするということでしょうか。

勉強にしないためには、展示品を最初から一つずつ丁寧に見るのをやめることと、展示の説明文を読むのに全力を使わないこと。アウトプットは、美術館の展覧会を見たら、自分の言葉でSNSなどに書いて他人に読んでもらうこと。アウトプットをするためには、現地でのメモが必要です。美術館では鉛筆しか使えないことが、少しハードルを上げているような気がします。(木軸鉛筆を持って歩くのは何気に難しいですよね。)

単眼鏡、ほしいなぁ…

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ちくま書房サイト

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