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2025年10月の14件の記事

2025.10.31

屋形船に乗った

昼休みに晴海運河沿いを歩くと、よく屋形船を見かけます。いつもは陸上から見る運河や隅田川だけど、船上で杯を傾けながら感じるよさそうと、うらやましく思いながら見ていました。先日、屋形船での宴会の機会がありました。職場に委託先として来ていた人の契約切れに伴う送別会。そこそこ高い会費での参加者募集でしたが、さっそく手を上げました。18時30分に晴海乗船場(朝潮運河乗船場)を出航。まずは佃水門、相生橋を通って隅田川。様々な立派な鉄橋をくぐって浅草まで遡上。スカイツリー脇でいったん停泊です。屋形船の屋根に登り、スカイツリーを堪能。下流方向はライトアップされた橋梁が重なって見えて、水面近くにいる景色の醍醐味です。スペーシアがゆっくり隅田川を渡っていく様子を眺め、特急の座席から見る屋形船ってどんなだろうと思いを馳せます。下流方面に。しばらく宴で外の景色を忘れていましたが、住吉水門で佃・月島地区に近付いていることに気付きました。月島水門越しに見えるオフィスビル、勝鬨橋など見慣れた場所を違う角度から見れて、興奮です。豊海を過ぎると、海。晴海信号所の「F」点滅が輝いています。船は台場沖に。ここは屋形船停泊の定番の場所になっているらしく、たくさんの屋形船の中のひとつとなって佇みます。酔った顔に秋の夜の風。東京港内とは言え、海の風は心地よいです。台場を出港するとまもなく晴海。宴も船も、楽しい時間でした。

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2025.10.26

『運慶 祈りの空間 - 興福寺北円堂』

東京国立博物館で開催されている運慶展に行ってきました。タイトルに人気仏師の運慶を押し出していますが、弥勒如来坐像の修理完成を機会に北円堂3像と四天王像の展覧会、受けを狙わなかったら興福寺北円堂がメインタイトルになっていたはずの展覧会です。

北円堂の本尊の弥勒如来、脇仏の位置にある無著(むじゃく)菩薩と世親(せしん)菩薩、四天王立像のいずれも国宝の7体だけの、かなり割り切った展覧会です。八角系の北円堂の内部を模して弥勒・無著・世親を中央に置き、四方に四天王を置く大胆なレイアウト。東京に居ながら、空間を満喫できる展示でした。そして、各像を四方どの角度からでも鑑賞できる、弥勒に至っては後背すら取り外した状態での展示で全方位から観客が取り囲みます。少し遠巻きに、観客が像を囲んで見惚れるのを見るのも面白かったり。

四天王は想像以上に肉付きがよい。広目天や多聞天はひねった腰の余分な脂肪が浮いているところまで表現されています。そんな豊かな身体付きの四天王ですが、手の描写が力強い。握手したらこちらが潰されてしまいそうな固そうな指と、手の甲に浮き出た血管。多聞天の宝塔だけを見つめる視線。たった一つのものを全力で守る意気が伝わります。

中央に配置された弥勒如来は四天王に比べて圧倒的に穏やか。56億7千万年の悟りののちの表情は誰も敵いません。指もしなやか。ただ黙ってこの印相で守ってもらいたい。そう思わせる運慶の作品をすてきな空間で楽しみました。


東京国立博物館

https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2706

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2025.10.25

『秒速5センチメートル』

新海誠アニメ映画の実写版。たまには青春映画を観たいなと思っていた僕の心に直球で刺さりました。大人になって振り返る青春は活動的で心躍る輝かしいもの。しかし青春の当人たちの心は不安で溢れている。そんな不安の中で交わした約束は輪郭を失い花弁と雪の区別すら付かなくなって秒速5センチメートルで舞い降りるのです。
IT土方プログラマとして働いていたままだったら、貴樹はちゃんとした大人だったのでしょうか。新しい環境に移り、明里が期待している大人になったんだろうな。みんな、自分の居場所がわからず彷徨っていても、いつかは自分の居場所を見つけられる。そんな希望を持ってもいいのではないだろうかと映画を見て感じました。
桜の参宮橋公園と雪の岩舟駅。新海流の「エモい」風景は実写版でも期待通りにエモく表現してくれててうれしかったです。参宮橋公園、代々木八幡宮、新宿公園と新宿勤務時代によく寄った場所が多く映り、ロケ地も気になる映画でした。そして、ラストシーンの参宮橋3号踏切のシーンは、新海誠の別の作品からの引用ですね。そんなずるいことする?(電柱の看板「春の小川」が気になってラストシーンどころではなくなりそうでしたけど。)
実写版秒速5センチメートル

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2025.10.24

『青い壺』有吉佐和子

偶然のように焼き上がった青磁の経筒。勝ちがあるのかないのか不安定な状態で、人から人へ渡ってゆく。時に愛でられ、時に見捨てられ、時に疎まれて。これは青磁の経筒の壺だけでなく、人生にも言えることではないでしょうか。輝く時もあれば色褪せて埃を被って奥に仕舞い込まれてしまうこともある。青磁の経筒は時折り見出され表舞台に姿を現しますが、人生は一度奥に仕舞われてしまうと、表に現れる機会は訪れません。この小説は、そんな日陰になってしまった人生を冷酷に表現しています。特に、戦後という時代背景を用いて没落する資産家を描いた様子が、いやらしい。このいやらしさが有吉佐和子の文章の醍醐味でもあります。青い壺を通して様々な日陰の残酷な人生の影を有吉佐和子の文章で楽しんでもらいたいです。そして、ハンカチ落としのような青い壺を次に受け取るのは、あなたかもしれない。Tempimaget88kqb

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2025.10.23

『別冊暮しの手帖 あの人の読書案内』

読む本の選択は、自分の心の隠したい部分の現れだと思います。隠したい部分の集積が、本棚。本棚を見られてしまうのは、とても恥ずかしいことです。ツイッターで読書記録を書いている人たちは、その恥ずかしさを会館と思うマゾヒスティックな感性の持ち主かもしれません。そして、人の読書遍歴や本棚を盗み見ることにも、罪悪感と会館を感じてしまいます。その最たるものが、冒頭のエッセイ武田砂鉄さん「他人の本棚の写真が掲載されるたびに、その並びをチェックする」です。覗き見根性を隠そうともしないエッセイです。しかし、本書に出てくる本棚は作家などの本棚で、僕の本棚とは程遠くて落胆します。絶対に届かないし、目指すことすらできません。しかし、気になるこの人はこういうことに興味を持って生きているんだと知るのはとても楽しい。そういうのを垣間見ると、自分でも興味の幅が広がります。
誰かから誰かに本を勧めるというシチュエーションを作るのも、興味深いです。勧める人が勧められる人をどのように見ているか。そして、自分がどのような人間に見られたいか。勧める本の数冊のチョイスに、現れてしまいます。出してしまったら、あとの解説はもはや言い訳でしかありません。こういう記事を見ながら、僕があの人に本を勧めるシチュエーションがあったら、どの本を勧めるだろうかと妄想する時間も、楽しいものです。
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2025.10.19

日本地学協会地図講座「巡検C: 地形図を持って、河岸段丘の崖線、湧水、断層地形を観察しながら歩く」

昨年「月刊地理」で広告を見つけて狛江、城ヶ島の回に参加したものの続編。今回は矢川〜谷保の河岸段丘「青柳面」を中心に、崖線と湧水を観察する巡検でした。参加者40名、大盛況です。参加者の年齢層も中学生から80台と、相当に幅広い。

まずは今回の「青柳麺」とは?の説明。下の地図の赤丸で囲った河岸段丘の段が、青柳面です。
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どこかわかりにくいと思うので、同じ範囲の地図が↓です。
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矢川駅北口に集合。南武線の谷保駅方面を眺めると、遠くに坂道が見えます。高低差3〜4メートルくらいでしょうか。矢川駅は青柳面に、遠くに見える坂道の上は立川面で、その境目の崖に、坂道が付いています。目視で、自分たちがいるとことが青柳面だということを認識しながら、西進します。右には立川面への坂道があるなと交差点のたびに思いながら、青柳踏切まで。南武線はここから立川面に乗り上げます。ここで立川断層による青柳面のズレまで絡んで、この踏切の周辺の地形はかなり複雑です。興味ある人は↓のGoogleストリートビューから少し散歩してみてください。

踏切から崖下に歩くと、矢川に交差します。この上流方面が、矢川緑地になっています。ジメッとした緑地帯。ここは崖下の湧水が豊富な場所。園内に流れる水も、清流です。

ここから矢川を下り、いずみ大通りを南下したとことで坂道。この坂道は青柳面と沖積面の崖を下るもの。この崖沿いに、ママ下湧水があります。ここでは野菜以外を洗うのは禁止です。
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この崖下沿いは、田園地帯が広がっています。中央高速沿いの騒がしい場所ではありますが、水田の風景に癒やされます。ここの崖下は城下公園というかなり敷地面積の大きな公園があり、みにアスレチックなんかもありました。長いターザンロープや、ハンモックなど。こういうところ、いいな。

沖積面、青柳面、立川面を望める坂道を登って甲州街道へ。国立市役所入口交差点は青柳面にあるのですが、東進して谷保天満宮の手前で青柳面はなくなってしまいます。立川面への崖と、沖積面への崖が合流してしまいます。

今日の最終目的地は谷保天満宮。境内で湧水を探しましょうというお題です。みんな、崖下に湧水が出ることはたっぷり学習したので、崖下を探します。谷保天満宮の境内に厳島神社が祀ってあり、ここの池がすごく透明。ここが湧水ですね。
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梅林の場所が、ここはまだ青柳面なのでは?なんて話をしながら、巡検は終わりました。


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2025.10.17

『夢のうた』短歌アンソロジー

夢とは現実からの続きです。もしくは、現実との対比です。夢は、単独では存在しえません。夢とは希望を自由に展開できる場所なのでしょうか、反省を強く促す場所なのでしょうか。
理不尽な夢を見ることもあります。夢でよかったと、目が覚めてほっとします。
幸せに浸る夢を見ることもあります。夢だったのかと、目が覚めてがっかりします。
夢は、生きている人の数だけ、眠った夜の数だけ、存在します。たくさんの夢の中から、31文字分だけ、100人分だけ、お裾分けを戴きました。今夜はいい夢をみたいな、なんて夢を見てしまいます。
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2025.10.16

『BUTTER』柚木麻子

人生はいつから狂わされているのか。関わり始めたときなのか、それとも関わりを終えるときなのか――。


この小説では、殺人容疑の未決囚である梶井真奈子と、彼女を取材する記者・町田里佳が登場します。東京拘置所の面会室、アクリル板越しにしか接することのできない二人。力を行使する余地などないはずなのに、真奈子は次第に里佳を支配していきます。


しかし本質は「支配」そのものではなく、その後に訪れる冷酷な切り捨てにあります。そこから怒涛のように里佳の立場が揺らぎ、一気に物語はクライマックスへと突入していく。その展開は圧倒的な読み応えを持っています。


囚われの身でありながら、真奈子は言葉と存在感で里佳を絡め取り、手に入れ、手のひらでたっぷり温め、走り回らせてまるでバターのようにし、、やがて握り締めて溶かして捨て去る。その関係は取材という枠を超え、支配と依存の揺らぎを鮮やかに映し出します。


温もりと残酷さが同居する人間関係の本質を突きつけられる――。この小説は、食や欲望を媒介にしながら、人生がいかに容易に狂わされるかを描き出します。狂いは静かに始まり、気づいたときにはもう戻れない。その余韻が、読後も長く心に残ります。

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2025.10.13

綿菓子

地域のイベントで、綿菓子屋を出店。綿菓子機を使った綿菓子を作りました。

使用した機械は第一産商(朝日産業)YO-5という機種。たぶん、イベント用とかではメジャーなものだと思います。貸出先が多く、けっこう酷使されている機体です。この綿菓子機の電気使用量が1.2kwを想像よりも多いので、電源手配の際には中が必要です。

ザラメとザラメ掬い、割り箸を機械の横にスタンバって、準備OKです。電源をONして、割り箸を片手に、ザラメ(約10g)を始まります。最初は作り方のコツがわからず、小さくて歪な形の綿菓子しかできませんでした。開店早々に来てくださった親子連れさん、申し訳ないです。4〜5本作ると、だんだん作り方がわかってきました。

ザラメを入れて直後に吹いてくる綿は素早く割り箸で巻き取ります。このときだけは釜の奥の方も積極的に取りに行きます。割り箸の回転を早くして、わりとしっかりめに割り箸に巻き付けます。この最初の巻き付けはザラメ投入前に機械に残っている綿を絡め取ることでも大丈夫です。綿の残り方に応じて。

割り箸に暑さ1cmくらい綿が巻き付いたら、割り箸は釜の手前で移動せずに綿の方から絡みついてくるのを待ちます。このときも割り箸は回転させるのですが、徐々に回転速度をゆっくりにするのがよさそうです。後半の勢いがなくなってきて出てくる綿はゆっくりと巻き取る。そうすることで、全体の印象もふわっとし、全径も大きくなって子どもたちの喜びも大きいです。(食べやすかから言ったら、たぶん最悪ですが。)

機械の中で、割り箸以外のところに綿菓子の固まりができてしまうことがあります。これは割り箸の綿菓子に絡め取ってしまうことが理想なのですが、後半戦の場合はなかなかうまくいきません。そのせいで出来上がりが小さくなってしまいザラメを追加投入しても、もう綿はうまく待ってくれません。勝手にできてしまった綿菓子のほうがどんどん絡め取ってしまう感じです。

機械の中で勝手に綿菓子を作ってしまわないようにするためには、機械をこまめに掃除すること。特に釜の中では綿になりきらなかった砂糖の固まりが蓄積してしまいますので、これを除去することです。そうして機械の中で勝手に綿の固まりを作るきっかけを極力除去します。

ふわふわの綿菓子をお渡しして、お子様の笑顔もふわふわになりますように。
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2025.10.10

松江旅行記(4)

8時頃、少し早めにホテルをチェックアウト。まだ観光地は営業前ですので、単に街歩き。北堀から明々庵の坂を登ります。石垣に挟まれた切通しで、なかなかの風情です。そもそも北堀が松江城築城に開削されたものということなので、築城前はきっと山中だったのでしょうね。石橋町商店街から折り返し松江城方面へ。古びた民家越しの松江城天守閣の眺めも乙なものです。 Img_4143 北堀に戻ってうろうろしていると、普門院という寺院がありました。拝観が8時からと、朝の早くから営業しています。不昧公(松平治郷)が好んだ茶室とのことで、見せてもらうことに。茶室に入ることはできませんが、茶室を望む方丈で朝のゆっくりとしたひとときを味わいます。 Img_4145 前日の居酒屋で教えてもらった、堀川めぐりに。11人(船頭さんを入れて12人)で満員の小さな船で、松江城の堀川を巡ります。船頭さんのコミカルな喋りを楽しみながら、松江城をぐるっと。ところどころ橋桁高が低いところがあり、屋根の高さが下がります。みんなでお辞儀の姿勢。テーマパークのアトラクションのようで、これも楽しみの一つです。途中、松江城撮影のベストスポットだと言われたところからの松江城です。 Img_4156 下船した後は、松江城天守閣へ。国宝5天守の一つです。(あとは、姫路城、彦根城、松本城、犬山城です。)そう言えば半年前に姫路城に登城したばかり、今年は城の年?松江城天守閣に近づいてみると、姫路城に比べてコンパクトな印象がありますが、黒板張りの天守の風格が重く感じます。近くで見るより、先ほどのお掘りくらいから離れてみたほうが迫力があるのかも。 Img_4175 天守閣の麓には、松江神社と興雲閣。興雲閣は水色の明治モダンの建物で、天皇の行幸をお迎えするために建てられたもの。(行幸は果たせませんでしたが。)2階は大広間で、テラス付き。テラスにも出ることができて、テラスに出ると高貴な人になった気分になれます。 Img_4179 歴史館へ。老中屋敷跡地に建っているとのことですが、一つの老中屋敷をそのまま転用ということではなく、複数の老中屋敷跡地にまたがって立地しているようです。ただ、規模的には当時の老中屋敷に合わせているのでしょう。堀の北側の武家屋敷とは規模が違います。 Img_4183 入り口にはレゴブロックで作った松江城。瓦がレゴのポチポチだったりするのがかえっていい。レゴでこんなことできるんだと感心してしまいます。この歴史館では江戸時代初期の松江城のロケーション選定から城下町の土地改良まで詳しく説明されています。湿地帯を治水により市街地にするなどは江戸改良と同じですね。驚いたのが、北堀はもともと亀田山という山の一部であり、開削して堀にしたとのこと。大工事です。その土を使って湿地帯だった松江城下を干拓したのだから、すごいことです。佐陀川の開削についても解説がありました。というか、島根半島を突っ切っている運河があったとは気付きませんでした。地図で見ると確かに昨日訪れた佐陀神社のところが島根半島の鞍部になっている。もうちょっと川のことをよく見とけばよかったなと後悔です。 Img_4184 小泉八雲旧邸と、小泉八雲記念館へ。小泉セツが連ドラの題材になるとのことで、松江市は市をあげて小泉八雲&セツ推しなのですが、観光客が押し寄せるという感じではなかったです。しかし、外国から来た英語教師が武家屋敷を借り、士族の娘を女中に迎えるというのはすごいですね。八雲の行動力は並外れたものなんでしょうか。時代を経て屋敷を小泉八雲の紹介に充てる根岸家の心意気にも頭が下がります。 Img_4191 ふれあい広場まで歩き、再び堀川めぐりの船に。乗船まで時間があったので地ビール「ビアへるん」を頂きました。京町で下船。地割りの間口が狭く、京都市内の町家と同じ構造。堀川めぐりの船からレトロな洋食屋が見えて気になったので、ここでランチ。カツライスという謎のメニューがあったので注文。カツカレーのカレーの代わりに、ハヤシライスがかけてある食べ物でした。米の味が優しい感じ。 Img_4223Img_4229 京橋川の向かいは日銀松江支店の跡地の金庫室をアートスペースに使っているもの。この日は野﨑千愛李という若手工芸作家の展覧会か開かれていました。激しい感情を可視化する試みの人形たち。迫力の作品たちでした。京橋川沿いにひときわ目立つ喫茶店が。唯一ここだけ、道路と堀の間なんですよね。西洋館で食後のコーヒーを飲んだばかりですが、どうしても入ってみたくて2杯目のコーヒーはここでいただきます。 Img_4225 そろそろ、松江に滞在できる時間も終わりに近づいてきました。松江駅に向かって歩きます。松江駅では瑞風が停車していました。そういう贅沢な旅にも憧れますね。瑞風で到着した旅人が、今夜松江を満喫できますように。米子行きのバスは、中海堤防道路の北側から江島に入りました。両側に湖がある光景をバスから堪能できます。そして、昨日に引き続きの江島大橋!このベタ踏みな写真をバス内から撮ることができました。 Img_4257 米子空港から羽田行き飛行機に搭乗。車窓には島根半島。松江旅行の締めくくりに相応しい機窓の光景でした。 Img_4270 20,632歩

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2025.10.08

松江旅行記(3)

今日も朝食まではまだ早い時間に目覚めたため、朝の散歩をすることに。松江城方面まで歩いてみます。天守閣にはまだ登れないため、松江神社に参拝しました。天守閣などは、明日来ようと思います。朝食会場で宍道湖を見下ろすと、なぜか今日はしじみ漁漁船がいない。夕方のニュースで小学生がしじみ漁を体験というをやっていたので、そのため漁の時間がずれていたのかもしれません。
NHKニュース
今日もホテルのバイキングのしじみご飯が美味しく、お代わりをしてしまいました。
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今日は松江駅近くでレンタカーを借り、島根半島をドライブすることに。まずは島根半島最東端の美保関を目指すことにします。途中のルートは、大海崎橋→大根島→江島→江島大橋→境水道大橋に設定します。大海崎橋から大根島に入るとことは狭い砂州なのですが、南側(進路右側)の砂州が盛り上がっており、左側の湖面しか見ることができませんでした。大根島から江島も砂州ですが、こちらは左右とも湖面を見ることができます。江島大橋は通称「ベタ踏み坂」遠くの正面から見るととても急な坂道に見えるという不思議な光景の橋です。実際に登り始めると、借りたSWIFTではベタ踏みすることもなく難なく橋に登れます。橋の頂上からは弓ヶ浜の向こうに美保湾まで見渡せる絶景です。境港市街地を抜けると境水道大橋。かなり変わった形の橋で、後から調べると「三径間連続上下路式曲弦トラス橋」という呪文のような構造名称の橋らしいです。中央部を下路式にして、下に大型貨物船を通せるようにしているのですね。境港側と美保関側で橋脚の高さが違い(境港は平地、美保関側は山間部)橋の高さが左右で揃っていないのも、この橋の特徴です。
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美保神社に。美保は小さな漁村。そこに突然、立派な神社という感じです。鳥居前町が大きく発達しているわけではありませんが、それでも趣のある小路が成立しています。伝統的建造物群保存地区への登録を目指しているとの事。訪ねた日は人通りが殆どありませんでしたが、美しい旅館などもあり、こういうことをきっかけに美保関の美しさを皆さんに知っていただきたいですね。
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その足で、美保関灯台まで。美保関灯台は開放されていないため、登れません。残念。周辺の散策路へ。このあたりは絶壁ではありますが、海岸侵食の露頭はありません。調べると、島根半島東側は隆起地形ではなく、沈下したリアス式海岸とのことです。
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森山方面に戻る途中に、「一級河川斐伊川管理区域」の看板が。境水道は海だとばかり思っていたのですが、管理上はなんと斐伊川の一部なんですね。先程の境水道大橋も、川に架かる橋です。

七類トンネルを抜けて、日本海側の七類に出ます。七類は隠岐へ行くフェリーが発着する港です。七類港を日本海の波から守る小さな岬があり、その先端に「七類大敷神社」があります。神社と言っても、海岸の岩に小さな祠を設置しただけのもの。しかし、海にさらされている岩がダイナミック。祠の場所からの海岸の眺めも素晴らしいものでした。
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次に訪れた場所も漁港にかぶさる形での岬の神社(祠)。ここは波で崖がえぐられており、かなり危険に見えました。その分、岸壁の迫力もすごいです。いかにも島根ジオパーク。ちょっと危険な場所だったかもしれませんね。
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島根半島最北端の多古鼻へ。マリンパーク多古鼻というキャンプ施設なのですが、展望台があります。ここで、広い日本海を見渡します。今日、初めて隠岐がうっすら見えました。
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次に向かったのは、佐太神社。島根半島では珍しく、開けた土地です。こういうところが勢力を持ち、大きな神社を構えることになるんだろうなと思います。広い境内に大社造りの社殿が3つ並んでいます。なかなか荘厳、静かで神聖な空間が広がります。社殿が妻入りなのが、別世界感があっていいですね。
あとになって気づいたのですが、神社の前を流れる佐陀川は宍道湖から日本海の放水路になっているのですね。江戸時代の開削。江戸時代の土木工事技術に驚くとともに、斐伊川の治水には随分と苦労したのだなと思います。
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再び日本海側に行き、魚瀬(おのぜ)に。この村は崖に貼り付いているように集落ができています。集落の中の移動は階段が主になっているように見えます。日本各地に坂道の多い町(長崎など)がありますが、魚瀬の集落はその比ではありません。車を運転しながらなのでゆっくり堪能することはできませんでしたが、かなり趣き深い集落です。その集落を降りきって、突堤の先まで行ったところが、魚瀬女島神社(三島神社)。海岸侵食で取り残された岩を祀ったものです。長い間かけて海岸で堆積して、ある時グイっと隆起したのでしょう。この岩だけで、どれだけの地球の歴史を語れるのでしょうか。
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この日最後に訪れたのは一畑薬師。この日訪れた中で、ここだけ神社でなく寺院です。山中にある伽藍が密教系の宗派を連想しますが、意外と禅宗の臨済宗妙心寺派だそう。参道付近には商店もありますが、平日だからか参拝客はまばら。寂れた感じになってしまっています。石段を登ると、四万八千仏のお堂が。48,000体の小さな仏像を並べるのを目標に奉納を募っているようです。1体5万円です。本堂へのお参りも済ませたので、松江に帰ります。
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せっかくだから宍道湖を西から回り込み南側の湖岸である9号線を走ることにします。平田新田から南下。出雲空港の西を回り込んで山陰街道9号線に接続するルートです。もっと宍道湖寄りのルートはないものかと思いましたが、このルートが斐伊川を渡る最下流なんですね。9号線に入り、時折り左手に宍道湖を見ながら松江まで。一日ドライブお疲れさまでした。

松江駅で車を返却し、ホテルまでの道のりの途中で夕食を摂ることに。カウンターありの小さな居酒屋に入りました。先客はいかにも常連っぽい感じ。カウンターの中はママさん一人。それでも一見の僕に気さくに話してくれて、楽しい飲み会が始まりました。そのうちお店の主人がやってきて、話し始めました。この主人が喋る喋る。このご主人、堀川めぐりの船頭もされていたとのことで、松江市内観光の際はぜひ堀川めぐりを楽しんでとのことでした。あっという間に時間が過ぎました。楽しい時間をありがとうございました。
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21,227歩

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2025.10.07

松江旅行記(2)

目覚めてから朝食まで時間があるので、少し散歩に行くことに。ホテルのロビーにおすすめ散歩スポットとしてポスターが貼ってあった「お湯かけ地蔵」に向かうことに。宍道湖北岸を歩いていきます。宍道湖岸はジョギングをしている人が多い印象です。市役所からしじみ館あたりまでは湖岸の公園が改修工事中で、仮囲いのあるただの県道を歩きます。この道路の北側は温泉旅館街。昭和時代に地下から掘り出した温泉が、街の雰囲気を一変したのだと想像します。その温泉組み上げ設備がこれ。写真手前は温泉卵を作ることができる水槽があります。この裏に、お湯かけ地蔵が設置されています。 Img_3808 帰路は一畑電鉄沿いに松江しんじ湖温泉駅まで。温泉街ができるまでは、このあたりが湖岸だったはずです。ホテルに帰って朝食。窓に向いた席に座ることができました。眼下の宍道湖ではしじみ漁の漁船がたくさん出て、長い棒を湖に突き刺しています。 Img_3815 今日は出雲大社への参拝をしようと、再び松江しんじ湖温泉駅へ。朝とは経路を変えて、京橋川沿いを歩きます。京橋川の南側は商人町だったので、間口の狭い建物が多く独特の風情です。写真は筋違橋。路面は舗装ですが、木造にして堀川の雰囲気を残しています。道路がクランクになっているのは松江城構築の際の軍事的な観点からです。 Img_3821 松江しんじ湖温泉駅から一畑電鉄。ローカル路線そのものって感じの電車です。オレンジ色の電車が目を引きますが、この形って少し昔の東急電車ですよね。 Img_3828 車窓からは宍道湖。園駅辺りまで、左車窓に見えたり見えなかったりが続きます。一畑口はスイッチバックの駅で、ここから前後左右が入れ替わります。川跡駅で、乗り換え。この駅は松江方面、出雲市方面、大社方面からの3本の電車がいったん集結し、全部揃ってから各方面に出発するという乗り換え方式です。本数の少ないローカル私鉄ですので、いずれの方面からの乗客にも不便をかけることなく運行する工夫がされています。学生時代に出雲を訪れたときはこの仕組みが時刻表から読み取れず、乗り換え可否を一畑電鉄にわざわざ電話して聞いたことがあります。 Img_3839 川跡からの大社線は京王の車両。内装はボックスシート主体の独特のレイアウトです。ちなみにテーブルにドリンクホルダーがありますが、一畑電鉄の線路は精度が低く電車の揺れが大きいため、ドリンクホルダーはあまりあてにならないように思います。 Img_3840 一畑電鉄出雲大社前駅は素敵なドーム天井。照明やステンドガラスもすてき。 Img_3843 出雲大社へ。境内が広く、鳥居をくぐってからの神域の面積が広いです。しかも、起伏がある。いったん谷へ降り、川を渡ってから拝殿に登っていく地形です。地形をさらに細かく見ると、小さな川(吉野川と素鷲川)の間に社殿があり、その2本の川は浄の池付近で合流していることがわかります。拝殿。大胆な大社造りの拝殿です。大社なんだから、あたりまえなのですが。壁に阻まれて高床の状態が目視できないのが残念。しかし、地面から高いところにある分厚い屋根はとても迫力があります。絵馬掛けを眺めていたら「感謝の使い手になる」というのがありました。祈りではなく宣言。しかも、なかなかにくい宣言です。感謝、大切です。僕も使い手にならなければ。 Img_3855 出雲大社から西に1kmほどのところにある稲佐の浜へ。砂浜にぽつんと岩があり、信仰の対象となる理由がわかります。この場所は島根半島西端の山岳地帯と出雲平野西端の平坦な場所との境目近くにあり、きっと島根半島に取り残された岩なんだと思います。鳥居が設置され、沢山の人が参拝に訪れます。 Img_3885 稲佐の浜の近くにある因佐神社へ。ここは小さいなが大社造りなのが面白いと思いました。国譲り伝説において天照大神から遣わされ建御名方神と交渉した建御雷神が祀られています。神話の話ではありますが、大和政権が出雲政権(というものがあったか?)を従え大きくなる過程の話かもしれません。とすると、古代日本のかなり重要な人物かもしれません。 Img_3895 ここから日御碕に行こうと思いましたが、次のバスまで時間があります。ちょうど、稲佐の浜の弁天様が見える場所に屋根付きのベンチがあったので、そこで休憩。本を読みながらですが稲佐の浜を訪れる人を眺め、それぞれの人がそれぞれの浜の楽しみ方、祈り方をしているんだと思いました。 Img_3908 バスに乗って、日御碕へ。急峻な海岸の崖を縫うように走るバスです。左側には海と、侵食奇岩たち。日御碕神社は朱が映える神社。朱色を使わない出雲大社との比較も面白いですね。ここは日没を祀る神社。ちなみに、日の出を祀るのは伊勢神宮とのこと。出雲から伊勢が当時の日本の範囲だったのでしょうか。建御名方神が逃げた諏訪は、もっと東ですけれど。 Img_3916 歩いて日御碕灯台まで。灯台に登れるのですが、急な螺旋階段をたくさん登るため、なかなか厳しいです。それでも、登った後に見ることができる日本海の光景は、苦労のし甲斐がありました。日御碕から出雲大社方面に向かうバスの乗客の多くはうとうとしていました。みんな、灯台登り疲れかな? Img_3924 出雲バスターミナルで出雲そばを注文。小さな椀が3段重ねになっていて、一番上の段を食べ終わったらつゆを2段目に移して2段めを食べるという変わった食べ方が推奨されます。一畑電鉄が出るまでの時間調整で路地裏のカフェに。若い人に人気のありそうな、シンプルなデザインに和風を取り入れた店内。店内も若い女性で埋まっています。シングルオリジンのエチオピアコーヒーを頼んだけどそれほど主張はなく、ほのかに甘い香りがするコーヒーでした。具体的な銘柄が気になるところ。 Img_3932 斐伊川にかかる沈下橋「井上橋」に向かいます。観光地でもなんでもなくほとんど紹介もされていないので、たどり着けるかちょっと不安。地図で最寄りと見定めた川跡駅で下車します。東に向かって集落を歩き、堤防を登ったら、斐伊川。堤防から見ると、河川敷より集落の標高が圧倒的に低いことがわかります。天井川です。こちらが井上橋。欄干がなく橋脚も低い沈下橋。 Img_3956 沈下橋は水面も近く、川の様子がよくわかります。川は浅く、たくさんの砂州ができています。川の砂州がこれだけたくさんできている川は見たことがありません。独特の眺めです。浅い分、水流は思った以上に早め。それでも流量はそれほど多くないのでしょう。この大量の砂が中国山地から流れ込み、出雲平野を形作ったのでしょう。斐伊川下流の宍道湖もこの砂が流れ込んで、その砂にしじみが生息しているのだと思います。 Img_3951_20251005174601\ 川跡駅まで戻り、一畑電鉄に乗車。まだ時間あるので、沿線で市街地が広がっていそうな雲州平田駅で途中下車します。駅舎に降りて地図などを探すと「木綿街道」が観光スポットのよう。歩いて10分くらいっぽいので、歩いてみることに。伝統的な町並みを残した地区です。その中の一つに造り酒屋があり、覗いてみると利き酒体験1,000円というのがありました。ヤマサン正宗という平田のお酒の3種をおちょこ一杯ずつ飲めるというものです。誘一献は日本酒の甘さがなくスッキリしていて、後味に苦みが追ってくる独特なものでした。佐香錦は柔らかくまろやかで、日本酒のパンチを消した不思議な食感です。出雲神庭は華やかな香りが特徴です。 Img_3969 松江まで戻ります。そろそろ夕方。ホテルに帰る前に途中の居酒屋で夕食を済ませます。5人のカウンターと座敷席という小さな居酒屋に入り、カウンターに通されます。他に一人客が2名。女将さんが話し上手で、うまく僕を含めた3人の話の輪を作ります。楽しい(ほぼ宴会のような)夕食を済ませ、ホテルに戻りました。 Img_3980 27,692歩

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2025.10.06

松江旅行記(1)

7時半の東海道新幹線に乗り込みます。空の見通しはよく、相模川を超えたあたりから早くも富士が見えます。冠雪のない夏富士。平塚の可愛い家でいったん隠れ、三島から富士川まで無表情に右窓に居座ります。新横浜駅で買ったシウマイ弁当を開けます。伊吹から力行で米原まで駆け降りて(この感覚がいつも怖いのです)、琵琶湖の向こうに比良山地が切り立った壁のように聳えます。琵琶湖と比良の地塁のでき方も気になるところですが、のぞみ号は西へ、西へ。 岡山駅から伯備線特急に乗ります。岡山、倉敷、総社あたりの用水路は水をたっぷり湛えています。倉敷市街地から総社市街地の間の山をで強引に高梁川を越える山陽自動車道の上路トラス橋が、なかかなの迫力です。 Img_3716 最新の振り子式特急273系やくもは高梁川沿いのカーブを車体を揺らしながら軽快に走ってゆきます。少し心許なさもある、そんな揺れ方。高梁を過ぎて山中に入り、岡山駅で買ったばら寿司のお弁当をいただきます。谷田トンネル手前で車内アナウンスが入ります。これから分水嶺のトンネルで高梁川の流域から日野川の流域になり、岡山県から鳥取県に入ると。谷田トンネルにむけて山岳の間を縫って走りますが、トンネルを抜けると比較的早く広めの里地になります。あとで調べたら大倉山の麓なのですね。車窓に見える日野川も渓流ではなく、中流域の河川。中洲の石から、サギが水面を狙っています。米子駅には転車台が見えます。周囲の扇形に並ぶ線路に機関車もあり、この転車台は現役で稼働しているのでしょうか。 Img_3724 安来駅に到着しました。安来駅コミュニティバスを待ちます。来たバスの行き先表示が違うので運転手さんに尋ねてみると、同じ時刻同じ乗り場に目的地方面に向かうバスが来るとのこと。しばらく待って目的地方面に行くバスが来ると、先ほどの運転手さんがわざわざ運転席から降りてきて、あちらのバスですと案内してくださいました。親切に感謝。 Img_3726 足立美術館へ。昔から有名な枯山水庭園。大胆な構図、緻密な計算、徹底した整備。この迫力はスマホの写真で伝わるわけはないのですが、それでも写真には納めたくなってしまいます。京羅木山の借景も見事。この山なみは安来市と松江市の市境の山になりますが、送電線などが設置されていないことにも驚きです。わざわざ足立美術館のために、送電線配置計画を考えているのでしょうか。 Img_3746 美術館そのものは、近現代日本画の展覧会が開催されていました。例えば川合玉堂の「夕月夜」は、淡い白色で構成された絵で、絵の中のコンテンツを最小限にすることでより印象深い日本画になっています。山元春挙の瑞祥は、水色の絵の具の印象的な使い方に驚きました。鏑木清方の紅は化粧をする女性の図。これから美しくなろうとしている瞬間こそが一番美しいのではないだろうかと思います。 美術館送迎バスで安来駅に戻ります。安来駅に到着したら、上り伯備線特急「やくも」の発車時刻が迫っています。女性グループが券売機を指差し「これで特急券は買えますか」と聞いてきたので「自由席特急券」と書いてあるので買えそうですねと答えると画面を操作し「倉敷が出てこない!」と困っていました。伯備線特急「やくも」は全席指定なので、自由席特急券がないのですね。一般券売機ではなく「みどりの券売機プラス」で買う必要があるようです。なかなか、切符の購入は難しいものです。松江方面下りは山陰線特急「スーパーまつかぜ」伯備線特急「やくも」出雲市行き各駅停車の発車順。自由席特急券を購入し、スーパーまつかぜに乗り込みました。 Img_3752 右側の車窓に中海が望めます。その先には島根半島の山岳が。この湖+山岳のこの地形を見に、はるばるやってきた!中海にはたくさんの川が流れ込んでいる印象です。 Img_3754 松江駅に到着し、南口から天神川沿いに、島根県立美術館を目指します。天神川は大橋川と並行して宍道湖と中海を結ぶ近世の人工水路。基本的に宍道湖→中海方面に流れる川ですが流速は遅く、ほぼ堀の状態です。 Img_3767 島根県立美術館へ。1階のロビー部分は大きなガラス張りで、宍道湖が広く見渡せます。この日の展示は葛飾北斎。島根県出身の北斎コレクションを譲り受けていることから、葛飾北斎の所蔵点数が豊かなのがこの美術館の特徴。北斎時代の東海道の旅程の大変さが版画からわかります。(53次で有名な歌川広重は北斎の20〜30年後)。今日は東海道新幹線であっというまに東海道を駆け抜けましたけど。 Img_3775 日没を眺めようと湖畔に出ましたが、残念ながら曇り。そもそも山陰は晴れる日が少なく夕日が見れる可能性も低いことにはあとから気づきました。それでも湖畔の夕暮れを眺め、ホテルに向かう道の途中の大橋川沿いのおでん屋で夕食にし、ホテルに向かいました。 Img_3779 ホテルの近くにあったこの倉庫「鼕」って何だろう?と思いながら、今日はおしまいです。 Img_3802 12,722歩

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2025.10.05

あさお芸術のまちコンサート

あさお芸術のまちコンサートがはるひ野黒川地域交流センターで開催されたので、足を運びました。「あさお芸術のまちこんさーと」は区民が気軽に音楽を楽しむことができるようにする企画。ボランティアが支えている活動です。はるひ野での開催は3回目でしょうか。クラシックなどの音楽を聞くことは趣味としていないので、なかなか触れることがありません。こうやって身近に来てくれることで聴いてみようかなと思い、いろいろなものに触れて体験の幅を広げるきっかけになりますね。

今日の演者は、クロマティックハーモニカのちょうさくさん。クロマティックハーモニカは、半音が出せる、4オクターブ出せるということで、普通のハーモニカに比べてかなり汎用性の高い楽器。そのため、他の楽器用に書かれた楽譜もハーモニカで演奏することができるという、かなりアクロバティックな演奏をちょうさくさんはなさっていました。曲芸師みたい。タンゴのような叙情曲が特にハーモニカと相性がいい。途中からヴァイオリンとの共演になりましたが、掛け合いも情熱的です。

音楽の多様性を生で感じることができる「まちコン」、お手軽ですがたっぷり楽しむことができました。

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