『PRIZE』村山由佳
小説などの書籍は、作家・著者と編集が二人三脚で作り上げていくと聞いたことがあります。しかし、作家と編集は並列ではなく、作品は作家のもの。協業の成果は作家の名のもとに世に出ることになります。編集は、作家の仕事が書籍という製品になるための仕事をする役目です。作家にはクリエイティブ能力が求められ、編集にはビジネス能力が求められます。立場も求められる能力も違う二人が並走して一つの作品を作り上げていく。編集にとって、作家との間に取るべき距離感を掴むのも、とても難しいのでしょう。編集はあくまで編集という立場から作家と接しなければなりません。そうとわかっていても、切羽詰まった状態で正しい立ち位置にいられるか。責任、プライド、功名心、いろんなことに惑わさされて、人は立ち位置を間違えるものなのです。
立ち位置を誤らせる要素の一つとして、カリスマ性があります。トップ作家となれば大いなるカリスマ性を纏います。自分の生み出すものは力を持ち、その力で人々を動かすことができる。それでも、本書の主題にある文学賞は自らの力で動かすことができません。もどかしい。壁にぶつかって喘ぐ人間の醜さが露呈します。そうして、カリスマの立場で凡人の伴走者にすら縋ってしまうのです。そう、カリスマを持つ者の奢りは、切羽詰まった時に狂気を呼び起こします。カリスマに支配されている人は、その狂気を最も恐れます。狂気に至らないよう防波堤になる者、狂気に押し潰されてしまう者、狂気に果敢に挑む者。カリスマに支配されていない安全な場所から見ている本書の読書から見ると滑稽ですが、滑稽だとは言い切れない引っ掛かりを小説の文章の中に巧みに散りばめられています。
これから本書を読む人にはカリスマの脆さ、弱さ、狂気をたっぷり味わって頂きつつ、カリスマに支配されたものの責任が重い読後感を抱えてもらいたいです。

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