9月27日に金融庁がみずほ銀行に業務改善命令を出し、みずほ銀行は10月28日に第三者委員会報告書を受けて金融庁に業務改善計画を提出しました。
この一連の出来事は、世間では「みずほ暴力団融資事件」として認識されています。
実は、この事件の「何が悪かったのか」が今ひとつわからずに悶々としています。ということで、なるべく一次ソースを元に僕なりの整理をしようと思います。
一次ソースとして選んだ資料は次の通り
(1) 株式会社みずほ銀行に対する行政処分について - 2013年9月27日 金融庁
(2) 経済産業省への報告書提出について - 2013年10月16日 株式会社オリエントコーポレーション
(3) 提携ローン業務適正化に関する特別調査委員会の調査報告書の受領について - 2013年10月28日 株式会社みずほ銀行
(4) 業務改善計画の提出について - 2013年10月28日 株式会社みずほ銀行
まず、(1)の行政処分の文書を読んでみます。それほど長い文章ではないので、全文引用します。
株式会社みずほ銀行に対する行政処分について
1.株式会社みずほ銀行については、検査結果(25年6月結果通知)を受け、銀行法第24条第1項に基づき報告を求めたところ、
(1)提携ローン(注)において、多数の反社会的勢力との取引が存在することを把握してから2年以上も反社会的勢力との取引の防止・解消のための抜本的な対応を行っていなかったこと、
(2)反社会的勢力との取引が多数存在するという情報も担当役員止まりとなっていること、等
経営管理態勢、内部管理態勢、法令等遵守態勢に重大な問題点が認めら れた。
(注)顧客からの申込みを受けた信販会社が審査・承諾し、信販会社による保証を条件に金融機関が当該顧客に対して資金を貸付けるローンをいう。
2.このため、本日、同行に対し、銀行法第26条第1項の規定に基づき、下記の内容の業務改善命令を発出した。
記
(1)反社会的勢力と決別し、健全かつ適切な業務運営を確保するため、以下の観点から法令等遵守態勢及び経営管理態勢を抜本的に見直し、充実・強化すること。
a)問題発生時以降現在に至るまでの経営責任の所在の明確化
b)問題事案への取組み及び法令等遵守に取り組む経営姿勢の明確化
c)問題事案の再発防止のための実効性ある具体的方策の策定及び全行的な法令等遵守態勢の確立(役職員の法令等遵守意識の醸成・徹底を含む)
d)内部監査機能の充実・強化
(2)上記(1)に係る業務改善計画を平成25年10月28日(月)ま でに提出し、当局の受理後直ちに実行すること。
(3)上記(2)の実行後、当該改善計画の実施完了までの間、平成25 年11月を初回として同年12月までは毎月末、以降、3ヶ月毎の 進捗及び実施状況を翌月15日までに報告すること。
この発表文書がツッコミどころ満載と感じています。
・1.(1)にある「抜本的な対応」とは何を指すのか。 … (a)
・1.後段「法令遵守態勢」は具体的に何の法令に違反したのか
・2.(1) a)〜d) 「問題発生」「問題事案」とは何を指すのか … (b)
が、この文章では読み取れません。(a)と(b)は、あとで他のソースから確認していきます。
この金融庁処分を受け、オリエントコーポレーション(オリコ)が割賦販売法に基づき経済産業省に報告した資料が(2)です。これは、あくまでもオリコが経済産業省に報告したものですので、この内容が暴対法や割販法の要求を満たしているとは限らないことを念頭に(しかし、オリコは法要求を満たしていると思っていることを念頭に)読む必要があります。
これによると、
・2011年1月から数度、オリコがみずほから反社契約情報を受け取った
・みずほから受け取った反社情報に合致する顧客については「新たな契約」を行なわない … (c)
・反社の既存契約147件は代位弁済を実施 … (d)
・暴排条項のない既存契約は解消できない … (e)
といったことが書かれています。
ここで、暴排条項(暴力団関係者なら契約を解除できる旨を契約文面に入れておく)や反社データベースの充実を行なうと締めくくっています。
このオリコの報告書で気になった点を中心に、(3)の調査報告書と(4)の業務改善計画を読んでいきたいと思います。(なお、調査報告書は132ページもある長いものですが、私は「(要約版)」だけしか読んでいませんのでご了承ください。)
(c) 新たな契約は行なわない態勢になったのか?
調査報告書7ページに「入口チェック」「事後チェック」という言葉が出てきます。そして「当面は事後チェックのみを行なう」書かれており、オリコ報告書(c)に書かれている新たな契約を行なわないという項目と矛盾します。結局、オリコはみずほから受け取った反社情報を新規契約の際に用いているのかどうか、資料から読み取れません。ここは、残念なところです。2010年7月にみずほコンプラ担当役員稟議で「入口反社チェック導入の可否検討」(報告書7ページ)と書かれているので、みずほ側決裁とは別にオリコ側である程度動いていたということでしょうか。ただし調査報告書12ページに第2回目の事後チェックのことが書いてあり、「今回(第2回)は、新規及び追加の増加件数が報告の対象とされた」「3月末現在で○件を新規に反社認定」という記述があり、オリコによる入口チェック(c)はみずほにとっての要求を完全に満たす精度ではなかったことがうかがえます。(ただし新規に反社認定というのは前回連携時に反社として登録がなかった顧客に対する契約後に新たにみずほ側で反社認定されているものが含まれている可能性があります。)
(d) 代位弁済すればいいという話なのか
オリコ報告書2/5ページに「みずほ銀行より受け入れた反社情報については、147件の契約について、みずほ銀行からの依頼に基づき代位弁済を実施しております。」とあります。これにより、債権者がみずほではなくオリコに移ります。債務者である反社構成員個人にとっては、どうでもいいような権利の移管に見えるのだと思います。このうち反社を理由に一括請求のアクションを行なったのは1件のみです。(オリコ報告書2/5ページ(イ))
改善計画1.(3)事後反社チェックのレベルアップに「オリコ社からの代位弁済までの期間を短縮し」とあり、この文書でもアクションとして求めるのはあくまでも「代位弁済」であり、反社構成員個人の期限の利益を喪失させる行動などは盛り込んでいません。代位弁済は債権をグループ内で付け替えているだけで、グループ全体で見ると何の解決にもなっていないと思うのです。
(e) 暴排条項のない既存契約は解消できないのか
ここで気になるのは、契約の相手方が暴排条例に定める反社会的勢力であると判明したときに既存契約を解除できるのかということです。オリコ報告書3/5ページ(ウ)に「暴力団排除条項の導入が無かった債権については、暴力団排除条項に基づく取引の解消はできないため」とあります。オリコは契約解除できないという解釈です。みずほについては(d)のところで述べた通りみずほとしての契約さえ解除してしまえばオリコでの取引は関与しないスタンスをとっているため、この件に関する解釈はありません。
都のQ&Aを見ても「表明確約書」(契約書の暴排条項に相当)の徴収努力が記載されているだけで、義務化はされていません。契約の相手方が反社会的勢力であることを理由に契約解除できる法令もどうやらないようです。となると、暴排条項がない契約については事後に反社と判明しても解除できないと解釈できます。反社との契約が違法であると法令で示されていたらしたがって、社内外で契約相手方が反社であることを指摘されても、どうしようもないという状態です。(このへんは民放90条「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」に該当するかどうかの判断もありそうです。実はみんな判例を待ってるんじゃないの?という気もします。)
マスコミなどで「みずほは暴力団との取引解消をしなかった」と書かれているのを目にしましたが「取引解消」は現状では無理なのですね。
なお、契約書に「暴排条例」を入れておいて、新規契約に関する反社関与のリスクを減らす対策が非常に大事であることは今回勉強になりました。
(b) で、結局みずほは何が悪かったのか?
業務改善命令に書かれている「問題発生」「問題事案」って何?をもう一度考えてみようと思います。
・オリコは従前より自前で「要注意情報」の登録を行ない、該当与信を禁止していた。
・オリコは「要注意情報」を反社定義にした。
・みずほで「事後チェック」実施。該当があることが判明。 …(イ)
・オリコはみずほの反社情報を「要注意情報」として受け入れるようになった。
・オリコは入口チェックを実施。
・オリコの入口チェックにも関わらず新規に反社契約があることが事後チェックで判明 …(ロ)
・みずほは(イ)(ロ)をコンプラ委員会・取締役会に報告するも反応なし …(ハ)
・(ロ)(ハ)を何度か繰り返し、やはり反応なく、そのうち報告しなくなる。 …(ニ)
これについては、9月27日業務改善命令時点では(ハ)の事象が事実認定されておらず、いきなり(二)の「報告していない」が前提になってしまっている事実がのちの報道で明らかになっています。なので、業務改善命令で「問題」とされたのは「反社契約があるにもかかわらずコンプラ委員会・取締役会に報告しない組織態勢だということになります。しかしのちの調べでコンプラ委員会・取締役会に報告されていることが判明しましたので、問題は「報告されているにもかかわらず対処しなかったこと」という後講釈が妥当なところではないでしょうか。
先の(e)で述べた事情もあり、「対処」=「契約解除」といかないところが歯がゆいところですが、「放ったらかし」はまずいでしょ、ということですね。
(a) 抜本的な対応とは?
これも先の(e)で述べたとおり、「解消のための抜本的な対応」については調査報告書にも業務改善計画にも書かれていません。(実は業務改善計画1.(3)に代位弁済が抜本対策であることが書かれているのですが、上記(d)のとおり抜本対策であるとは思えません。)
業務改善計画に書かれている協議の抜本対策は1.(4)にある「キャプティブローン金銭消費貸借契約への暴力団排除条項の導入の検討」です。しかし導入ではなく「導入の検討」として、やや弱腰な表現にとどまっています。暴排条項はそんなにたやすく入れれるものではないようですね。
広義の抜本対策は(ハ)のコンプラ委員会・取締役会での放置ですね。経営課題への取組みにきちんと軽重を付けるのは難しのですが、反社に関しては今までよりはるかに重く扱いますよという宣言が業務改善計画の2.に延々と書かれています。
…最後に…金融庁検査は適正に行なわれたのか?
今回の件で必要以上に大騒ぎになったのは、9月27日に金融庁が「担当役員止まり」と発表していたないようが、実は(ハ)コンプラ委員会・取締役会に報告されていたということがあとからわかったということです。これについては調査報告書15ページ「11 金融庁の入検へのみずほ銀行の対応状況」に事象が書かれており、20ページ「(8)金融庁への報告に際して確認不足・不徹底な対応があったこと」で原因分析されています。ここで疑問なのが、どのようなシチュエーションで金融庁がみずほ行員にこの件を質問して回答を求めたかということです。質問が、「資料を確認して○日後に報告するように」というものだったのか、即答を要求するものだったのかがわかりません。調査報告書15ページを読んだ印象では、金融庁検査官が「Cさん、この件、取締役会へ報告してます?」と質問してCさんが「(ここ最近は)コンプラ役員に報告しているだけです」と回答したというのが想像できます。金融庁検査官もコンプラ役員への稟議書などは入手しているので、いちおうC証言のウラは取っているのですが、業務改善命令を出すほどの事案について取締役会議事録などを調べなかったのが不思議でなりません。
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