『潮音』宮本輝
富山の薬売りの目を通じて見た幕末から明治維新の時代を、4冊にもなる大著で描きます。新聞社の社主が引退した売薬人にインタビューをするという形式です。歴史はたいてい為政者の視点で語られますが、この小説では地方商人という市井の人物の視点で語られているのが新鮮です。ただし語り部の売薬人は単に行商で薬を売っていただけではなく、行商先の薩摩藩との関係を保つことで、蝦夷地の干し昆布と中国の薬種を、岩瀬浜の廻船・薩摩藩・琉球王国を絡めて密貿易にて交換するという、複雑な組織の中にいた人物として描かれます。組織構造が複雑なので、物語内で説明しようとすると不自然になります。そこで、インタビューに対する語りの形式で小説にするという工夫がされたのでしょう。
史実に基づいたフィクションです。物語の序盤で、この物語が西南戦争で終わることが匂わされます。そして、実際に西南戦争で終結します。これは、インタビュアーである新聞社主も、小説の読者も西南戦争を知っているという前提での構成です。物語の結末をプロローグに描いて本編に入る構成の小説を時おり見かけますが、そのプロローグを歴史の教科書に委ねた形です。歴史小説というのは、こういう構成になるのでしょうね。
史実に基づいた小説ですので、その史実を確認するための調査はとても大変だったと思います。文芸誌に10年かけて掲載されたものとのことですが、構成を練ってある程度の下調べをしてからの掲載開始だと思いますので、宮本輝が掛けた時間はもっとたくさんです。綻びなく調べ、歴史的な事件を大胆かつ緻密に書き、しかしながら落ち着いて語るという絶妙な温度感と手触りの文章をたっぷり浴びることができました。
語り部は越中八尾(旧富山県婦負郡八尾町)で社主に語ります。読んでいるうちに、その場所に行きたくなりました。読書途中でしたが3泊4日を富山で過ごし、八尾まで足を伸ばしました。八尾を訪れた話は、またどこかで。











