カテゴリー「書評」の725件の記事

2026.01.04

『江戸東京の坂道 凹凸から読み解く都市の成り立ち』 岡本哲志

東京には坂道が多いです。その坂道と周辺の街の歴史をなかなか細かく説明してくれている本です。

たくさんの坂道をただ説明しただけでは、なかなか理解が難しいです。この本では、武蔵野台地のうち江戸に該当するエリアを7つの台地と定義しています。7つの台地は「上野台地」「本郷台地」「小石川・目白台地」「牛込台地」「四谷・麹町台地」「赤坂・麻布台地」「芝・白金台地」です。、それぞれの台地に取り付く坂道をまとめて説明することで、理解しやすい工夫がされています。

江戸は江戸開府以降に大規模開発されたことで、江戸時代以降の文献はそこそこ充実しているのですが、戦国時代までのこの地域に関する文献は少ないのですね。中世までの江戸の地形は、想像するしかないのが残念です。特に、紅葉川と神田山。こんな市街地で、大規模な流路変更工事が人力で行われたのも驚きですし、そんな大規模工事の前の地形が想像するしかないという記録のなさにも驚きです。古に神田山があったことを想像しながら、水道橋から御茶ノ水までを歩いてみたいなと思わせます。

台地ごとの武家屋敷の区切りと歴史、その歴史に坂道が備わっているのです。人々が何の目的で坂道を通し、何を思いながら登り降りしたか。消えてしまった坂道も多いですが、それらの坂道まで思いを馳せて、東京を歩きたいです。

学芸出版社

Img_5035

| | コメント (0)

2025.12.31

『原色の街・驟雨』吉行淳之介

4編の短編小説が収められています。

原色の街
墨田区の赤線街の娼館に身を置く主人公あけみの物語。自ら望んで娼館に身を置いた矜持を持っているものの、選んだ居場所に確信が持てず心が浮遊する。客に恋愛感情を持たず性感も感ずることなく娼婦の仕事を淡々とこなしているうちは、何でもない日々である。しかし、密室で肌を合わせるという危険な行為は心に直接作用する。何に寄り添い、何から逃げるべきか。もどかしいほどに、揺れる。

驟雨
原色の街に続いて娼婦との物語。原色の街では客の男が娼婦の心をコントロールしている書き方だったが、驟雨では娼婦が客の心をコントロールしている。多くの恋を持つ娼婦への嫉妬と孤独に押されながら茹で蟹を食う。突然の雨に、ゆっくりと世界は崩壊していく。

夏の休暇
母を家に残して、父と父の愛人と旅行に行く短編。そんな艶かしいシチュエーションは子どもにとって退屈なもの。しかしうすうす感じる破滅的なシチュエーションは、強烈な印象を子どもの心に刻みます。。

漂う部屋
結核病棟、死に至る可能性がある病を患い世間から隔絶された人間たちの物語。実際には、死ぬ者もいれば、死からは遠い者、社会復帰の見込みがある者ない者、手術前手術後、様々な人間が隔絶された世界に詰め込まれている。束の間の人間関係だが重い人間関係の形成となる。その中で人間観察をし、自分自身はどのように振る舞うかを考える時間でした。

Img_5020

| | コメント (0)

『ITILはじめの一歩』最上千佳子

ITIL初心者向けに、ITILの考え方はどのようなものかを簡潔にわかりやすく説明した入門書です。ITILの中身を学ぶ前に、そもそもITILとは何かという疑問に答える本です。今まで、ITILとはシステム運用の標準テキストのようなものだと思っていました。実際には、戦略や設計についても分野として取り扱っているのですね。戦略分野はまさにITストラテジストが取り扱うべき分野です。
本書の前半は八百屋、旅館などの仮想事例の物語。少し茶番劇の感じがありますが、後半で解説があるITILの各分野で何を解決しようとしているのか、理解が大いに進む構成となっています。
翔泳社サイト
Img_5019

| | コメント (0)

2025.12.29

『汝、星のごとく』凪良ゆう

audiobookで聴いた本です。家庭環境に恵まれない同士の男女高校生がそれぞれ30歳代になるまでの物語。親の恋愛に不満を持ちながら、自らの恋愛には不器用に年月を過ごしてゆく。もどかしさを感じながら読み進めることになります。社会的な成功と停滞の差が、そのまま心の距離感になるのだろうか。この距離は克服するのか。だからといって生きていかなければならない。その時の男女の関係のあり方は。世間の目に囚われない、自分が幸せと感じる生き方と関係を見出したい。

Img_4965

| | コメント (0)

2025.12.27

『将棋と小説』小説現代2024年11月号

特集タイトルに惹かれて手に取った文芸雑誌ですが、1年以上も積読になっていました。その間に、表紙の渡辺明九段も休場しちゃっていますね。

将棋を題材にした、さまざまな著者による短編小説が8篇、収められています。

ふだん将棋ファン(見る将)が観戦する対局はプロのもの。プロの将棋も一局一局が重くドラマがあるものですが、人生に対する一局の重さとしては三段リーグに勝るものはありません。その三段リーグに、さらに人生の事件を掛け合わせたのが、将棋小説というものでしょうか。僕は(ほとんどの人は)この一手に人生が懸かっているという状況は避けて生きているからこそ、こういうドラマ性のあるスリリングな対局を、小説で楽しんでしまいます。

小説現代 講談社tree

Img_4899

| | コメント (0)

2025.12.25

『理科系の作文技術』木下是雄

文書作成技術の本として定番の一冊。初版1981年と古いものの、半世紀近くたった今でも役に立つ文書作成術です。この本が半世紀前に書かれていて、その後半世紀間われわれは進化しなかったのかと反省するくらいに。

理科系の作文というジャンル設定も珍しいもの。文章が伝える(1)心情的要素(2)事実(3)意見 のうち(1)心情的要素 を潔く排除する。事実と意見だけを、結論を優先して、大胆に言い切って、簡潔に書く。たったこれだけのことで、読みやすくなる。

本論の記述の順序として、概観から細部へと、寄り道せずにまっすぐに書けというのは、バーバラ・ミントの教科書にも説かれていること。理科系に限らず、仕事の文書というものはそういうもの。寄り道しながら楽しむ文書は、娯楽の文芸だけにとどめておくべきですねImg_4900

理科系の作文技術 - 中公新書

| | コメント (0)

2025.12.24

『下垣内教授の江戸』青山文平

幕末の江戸郊外の豪農。剣術は免状を取るほどに上達した。時代は刻々と変化する。身の処し方はどうすべきか。幕末のダイナミクスを描いた時代小説です。小説現代2024年11月号に掲載されていた小説が積読になっていたものを、ようやく読みました。

主人公の下垣内邦雄が、人を切るために旅に出る話。旅に出るまでのプロローグが、長い。冗長ではなく、重さに重さを重ねてずしりとくるプロローグです。こうでもしないと、人を切る重さなど、表現できないのでしょう。下垣内の出身地である森戸がどこかは明確に示されていませんが、多摩近郊とあり、鑓水や瀬谷などの具体的地名も出てきます。都筑郡やそこら辺のイメージで、読み進めます。武州世直し一揆など幕末の荒れ狂う世相の中で豪農は肥え太る。それをよしとしない感覚なのでしょう。どうやって生きがいを求めるのか、そんななかで思い立った人斬りの旅。不穏を楽しみながら、ページを繰ってしまいます。

冒頭の、下垣内邦雄が東京美術学校に功あり帝室美術館の要職にあったとの記述と途中の人斬りの旅が繋がらない。でも伏線なんでしょ?は、トンネルの両の切羽がぴったり繋がった感をもった読後感になります。時代小説を、スリルを持って味わえた作品でした。

小説現代2024年11月号 講談社

Img_4899

| | コメント (0)

2025.12.22

『ゆりあ先生の赤い糸』

夫が同性愛不倫ののちに脳梗塞で倒れた50代女性の物語の漫画です。一言での物語の概略からして、複雑な設定が伺いしれます。しかし主人公ゆりあは、その複雑な状況から逃げるのではなく、物事をより複雑にする選択をしていきます。夫が不倫するなら、こちらとして守るものは何もないということなのでしょうか。そして、受け入れるべきものの幅をどんどん広げ、そのぶん受け入れてもらいたいものの幅も広げていく。自由は、バーターなのだろうかと思います。

物語を複雑にしている要因が、主人公ゆりあの、悩んだら難しい方への選択にあるように思います。そして、読者がつねにはらはらする。いよいよ手に負えないくらい。難しい方が面白いのか、追い込んだほうがやりがいを感じるのか。こういう、しっちゃかめっちゃかな状況を部外者である読者は楽しく見ていられるよね、というものあるのかもしれません。作者が挑もうとしたものは何なのか。「たそがれたかこ」でも中年女性の生き方についての表現をしていましたが、この作品はより尖った表現になっていると思います。

講談社BELOVEサイト

Img_4878

| | コメント (0)

2025.12.21

『博士が愛した論文』

19人の研究者に「偏愛論文を教えて下さい」と聞く企画。さまざまな研究者の興味のポイントを聞くことができる企画です。

主に、自分がその分野の研究にのめり込むきっかけとなった論文を挙げる人が多いのですが、なかにはイグノーベル賞のようなわけのわからなさに興味を惹かれて、その論文を挙げる人もいます。

その一つが、ネズミの回し車。ハムスターのケージに回し車を入れておけば、ハムスターが夜な夜な回し車に入ってくるくる回すのはよく知られていること。でも、回し車を回すことで得られることは何もない。狭いケージに入っているハムスターは運動不足解消のために回しているんだったら、野生空間に回し車を置いたらどうなる?こういうことを論文にする人がいるんだなと思います。

19人の幅広い科学者の寄稿を読むので、いろんな研究者がいろんな研究者に触発されて研究しているのだということに改めて感心してしまいます。正直、そんな研究にのめり込んで何か成果を出したとしても世の中の役に立つのか?という研究が過半に思います。でも、どうでもいいように見える研究の成果が、次の世代の研究のきっかけにつながり、人間が世の中を見る幅はどんどん広がっていくのです。

紹介された論文よりも、それをきっかけにいろんな分野の研究者が何を考えているかを知れたことが、よかったと思います。

日経BOOKプラス

Img_4888

| | コメント (0)

2025.11.15

『宝島』真藤順丈

沖縄の人が、終戦から本土復帰までの米軍占領時代に何を思い、どのように生きてきたのか。戦果アギヤーと呼ばれた米軍用品窃盗軍団の若者の視点から描いた小説です。日本人は沖縄人を犠牲にして沖縄を米軍に明け渡し、米軍は沖縄人を蔑んで凌辱して苦しめる。この状況を帰るために、自分達は放棄しなければいけないという観念に囚われ、暑い血を滾らせます。
単なるヤクザ映画ではなく、沖縄人の日本人・米軍人に対する猜疑心を絡ませて感情を複雑に描いたことが実験的でもあり、重層的でもある作品に仕上がっています。彼らにとっての英雄とは、何を解決してくれる人物なのか。そして、安全な場所でぬくぬくとしているのでは英雄になれない、英雄になるには自ら危険な場所に飛び込んでいかなければいけない焦りが原動力のハードボイルド系の楽しみも味わえる作品でした。
いろんな思いが、コザ騒動に向かっていくのだという前知識はありながらの読書(聴書?)でしたが、徐々に時代がコザ騒動に近づいていく緊張感をもって聴き続ける感覚も面白かったです。
Img_4572

講談社文庫サイト

| | コメント (0)

より以前の記事一覧