カテゴリー「書評」の696件の記事

2025.07.13

河井案里『天国と地獄 選挙と金、 逮捕と裁判の本当の話』

広島じゅうの地方議会を巻き込んだ河井夫妻大規模贈賄事件の首謀者の一人、妻の河井案里による事件への反省を書いたエッセイです。

正直、このエッセイを出版した目的が見いだせません。

まず、表紙。政治の裏を告発するにしても、司法取引を暴こうとするにも、あまりにも舐めた表紙です。不思議なうさぎの絵。しかも、本書内の挿絵にも不思議なうさぎの絵はたくさん出てきます。良識の府である参議院の議員を務めた著者として、あまりに不似合いです。「私はバカなので、何もわからないのに逮捕起訴するなんて!」っていうメッセージに読めてしまいます。

そして、陣中見舞いや自民党のやり方など、法律がよくわからないけどみんなやっているとおりに自分もやってみたら、なぜだか逮捕されちゃった体で書かれています。こちらも、議員に立候補するなら知っておくか、行為の適法性を確認する手段を設けるべきところが、できていなかったことになります。こういう場合、何を怠ってしまったのかを反省し、整理して著作に落とすべきだとは思うのですが、それができていないことに不満が残ります。(まあ、別にミスをしてしまった取引先の報告書を読むのではないので、目くじらを立てるほどのことではないのですが。)

なんとなく、モヤモヤとしてしまう著作でした。

さて、来週は参議院選挙です。逮捕されていなかったら、著者は今回も現職として立候補していたんだろうなぁ。

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2025.07.03

堀辰雄『風立ちぬ』

Audio Bookで聴きました。ひなたたまりというアニメ声優の声で聴いたため、少し混乱です。主人公と婚約者の節子が主な登場人物ですが、主人公視点のセリフを女性声優が話すため、途中でシチュエーションを勘違いしてしまいます。


サナトリウムに入院する婚約者と、付き添う主人公。そこに明るい未来はないはずなんだけど、美しい時間として描きます。萌え声の声優の朗読なので、余計に暗さは感じません。あるいは、死が近づいているとは思わず生きることを信じている節子の思いがそうさせるのか。

https://audiobook.jp/audiobook/154863?utm_source=appshare&utm_medium=app&utm_campaign=appshare-ios

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2025.06.19

羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』

早く死にたいと連呼する祖父と向き合う若者を描く。衰え死を待つだけの老人と、無職で所在なげだが若さに溢れて生への意欲に満ちている若者の対比が潔いほどに映る。筋トレもセックスもオナニーも、死を迎えるだけの老人への当て付けなのではと思うくらいの書き振りだ。そこまで若者と老人の差を広げておいたうえで、老人の生への執着を突然に表現する。はっとする。生への執着を見出して、後ろ髪を引かれながら新たな一歩を踏み出す。

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https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163903408

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吉田修一『パレード』

共同生活する男女の距離感。登場人物ごとにこの共同生活に対する思いは異なり、そして皆が依存しすぎないように気をつけながら生きている。そんな群像劇を、登場人物それぞれの語り口で表現する。

皆が脆く、脆さを隠して他者と関わる。周囲は脆さに気付いても、気付かぬフリをする。たとえ凶悪さを秘めていたとしても。

幻冬社サイトhttps://www.gentosha.co.jp/book/detail/9784344001558/

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2025.06.06

有吉佐和子『悪女について』


女性実業家の突然の死を取り巻く27人のインタビュー集の形式を取る小説。戦後の混乱期を強かに生きる様子が描かれます。華族の没落と成金の勃興。世の中の構造の大きな転換期に貧しい境遇に生まれた女性が「悪女」としていかに生きてゆくか。スリリングだし、読んでて騙され感もあるし、インタビュイーのことを思って胸が痛くなることもある。騙されたとわかっているインタビュイーもいれば、公子を信じたままのインタビュイーもいるのだ。

悪女は幸福のまま転落したのだろうか。
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新潮社サイト

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2025.05.26

原田ひ香『喫茶おじさん』

あなたは何もわかっていない。そうやって終わる章が多い。会社では出世街道に乗ることができず、早期退職に手を挙げて行先がなくなり、退職金で喫茶店を始めるもうまくいかず閉店してしまう。なかなか思い通りにいかない、しがない中年を描きます。自分では、残念な人生と思っていても、周りからは恵まれている、うらやましいと思われてしまう、そんな地味な人生を送るおじさんです。

途中でそのことに気づき、だからといってやっぱりぱっとはできないおじさんですが、やっぱり豊かなんですよね、何かが。作中に出てくる喫茶店の美味しそうな食事のように。

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小学館サイト

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朝倉かすみ『平場の月』


オーディオブックで聴いた本です。互いに結婚歴がある中学校同級生の50代男女の再開。50代となると、それぞれの人生に色んな事情が積み重なっていて、若い男女の恋愛とは事情が違います。中年の恋愛の描写を見て、若いってピュアだよなと感じます。しかし、年を重ねてから見る恋愛も、その重さゆえ見ごたえがあります。若いと失敗しても次がありますが、中高年には失敗は重くのしかかってくるのです。その「重さ」を、より重いシチュエーションを用いて作り込まれている作品だと思います。
若い頃の恋愛は単に恋愛だけど、中高年の恋愛には生活や相互扶助みたいなのがついて回って、もはや真っ直ぐには受け止められないですね。過去まで含めた自分を恋愛相手にぶつけてしまうのは、あまりに難しすぎます。Image_20250526180301

光文社サイト

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2025.05.21

高瀬隼子『新しい恋愛』

高瀬隼子の短編集。恋愛を義務教育化する近未来を描いた表題作ほか、少しずれた恋愛を気持ち悪く丁寧にきれいに描く。恋愛への執着というか、不幸を呼ぶ恋愛が好きというか、不思議な感覚に囚われてしまう。高瀬隼子は読者の恋愛観を試しているのだろうか。そして、読者の恋愛観を皮肉って話が終わってしまう、裏切られ感。作者にボコボコにされたい方、ぜひ本書を開いてみてください。
講談社サイト
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2025.05.10

『失敗は予測できる』

いわゆる失敗学。技術系の事故・不良品に対する原因分析と対策立案のための指南書です。類書は多く出ており、過去にも何度か読んだことがあるような。2007年出版の本なのでだいぶ枯れているということもあります。それでも、失敗の累計は変わらず、枯れてこそ学ぶことが多いと感じます。失敗の累計を暗記することは難しいですが、こういう本を定期的に読んで思い出すことで、現場でのヒヤリハットをきちんとキャッチし、少しでも適切な対応が取れるようになれればいいなと

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2025.05.02

『瘋癲老人日記』

常時介護が必要な老人の日記の体裁をとっている谷崎潤一郎の小説です。息子の妻である颯子に対するフェティシズムを徐々に増幅させてゆく展開が特異であり印象的です。フェチ欲を満たすための仕掛けが、なかなかに大掛かり。富豪の老人を主人公にしていることで夢の規模が大きくなり、読者をより楽しませる構成になっている。
颯子の魔性の度合いが読みきれないのもこの小説の魅力なのかもしれません。老人が颯子の魔性を読みきれないもどかしさを、読者と共有しているのかもしれません。颯子が主人公の老人をどこまで許容しているのかも読み取れない。告白していいか悩んでいる若者みたいな感覚を老人の日記から感じるのも面白いところです。

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新潮文庫サイト

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